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2. フルーツビール

ビールの副原料としてフルーツを用いることは歴史上古くから行なわれてきた。ベルギービールがいい例であろう。ただし、現代のクラフトビールシーンでフルーツビールが盛んに作られるようになったのは、1980年代以降のアメリカで、ハイブリッドなスタイルのビールが多く作られるようになってきたことが発端であると考えられる。一方、日本には地方によってさまざまな特産のフルーツが存在し、クラフトビールメーカーも多種多様なフルーツビールを作っているため、いわばフルーツビール大国と言うこともできるだろう。

ビアスタイルガイドライン上では、2. のフルーツビールから、3. 柚子ビール4. フルーツウィートビール5. ベルジャンスタイル・フルーツビールと、4つの異なるフルーツビールのスタイルが連続することになる。これらをまとめて取り扱うことも考えたが、それぞれ記述に特徴があり、議論しなければならないことも多岐にわたるので、別々に扱うこととした。やっぱり120回近くなるのかなぁ….

では、早速フルーツビールのガイドラインを項目別に精査していこう。


外観

フルーツビールの色合いは、ベースにしたビアスタイルに基づいて、ペールから非常にダークな色の範囲。また、使用したフルーツの色を反映している場合が多い。

そう、フルーツを使っていれば、フルーツビールなわけで、じゃぁ、どんなスタイルのフルーツビールなのか、ということが重要になる。これをベースのビアスタイルと呼ぶ。例えば、ジャーマン・ピルスナーかもしれないし、アメリカン・ペールエールかもしれないし、南ドイツスタイルのヘーフェヴァイツェンかもしれないし、前回取り扱ったアメリカン・ウィートかもしれない。当然、出来上がったビールの色にもベースのビアスタイルの色が反映される。さらには、使用したフルーツが鮮やかな色をもっていれば、その色がビールに反映されることも少なくない。例えば、麦わら色のビールをベースにして、鮮やかなピンクのドラゴンフルーツを使ったりすれば、見た目もショッキングピンクのビールになることもあるだろう。このスタイルのSRMは5〜50とされているが、さすがにショッキングピンクはSRMだけでは表すことができない。

外観はクリアでも濁っていても許される。

フルーツをどのような状態で、いつ使用するのか。これも外観に影響を与える。果汁やピューレを使用して、これが濁っていれば、出来上がりのビールが濁ることだって考えられる。そのため、ビールの透明度に関しては、ある意味どんなものでも許容せざるを得ないというわけだ。

アロマとフレーバー

まずは、一番の特徴であるフルーツの香りやフレーバーから見てみよう。

フルーツビールは、フルーツ、果汁、もしくはエッセンスを糖化時、煮沸時、一次発酵時または二次発酵時に使用することにより、ほかのキャラクターと調和したフルーティーなキャラクター(強弱は問わない)を備えている。フルーツのアロマについては強弱を問わないが、ホップのアロマに負けない程度にはっきりしていること。

フルーツ自体にも香りやフレーバーが強烈なものもあれば繊細なものもある。したがって、その香りやフレーバーの特徴の強弱は問わないが、ホップのアロマと同程度か、それよりも強いことが求められるということである。副原料としてフルーツを使っている以上、ベースのビールの特徴もある程度反映されるものの、フルーツ自体のキャラクターが活きていないと意味ないよね、ということになる。ただ、ここで一つ疑問が生じる。「ホップのアロマに負けない」とは書いてあるが、「モルトのアロマに負けない」とは書いていない。なぜだろう?ホップの中には、例えば、柑橘だとか桃だとかマンゴーだとか、フルーツによく似たアロマを感じさせる品種も数多い。したがって、この記述は、このスタイルが「フルーツビール」である以上、そのようなホップの特徴にフルーツ自体のキャラクターが埋没してしまってはいけないということを意味していると考えられる。ただ実際の商業的サンプルの中には、ホップよりもモルトの特徴を活かしつつ、フルーツのフレーバーを強調したビールなんかもあったりするので、個人的には「ホップやモルトのアロマに負けない程度に」と書いてもいいような気がしないでもない。

さて、ではホップやモルトの特徴についてはどう書かれているだろうか?

ホップのアロマとフレーバーはミディアム・ロー・レベル以下で、まったく感じられなくてもよい。ホップの苦味は非常にローからミディアム・レベルで、全体とのバランスがとれていること。モルトのアロマとフレーバーは感じられないレベルからミディアム・ロー・レベル。

とされている。あれ?と思う方もいるだろう。例えばIPAみたいにホップアロマが非常に強いビールをベースにしたフルーツビールだってあるだろう。それでもホップアロマはミディアム・ロー以下なの?ミディアム・ローってことは、鼻を近づけただけではよくわからなくて、口に含んでやっと感じられるレベルという程度。そんなことある?いやいや、そんなことあるわけである。ここで重要になるのが「バランス」という概念。上で述べたフルーツの特徴でも「他のキャラクターと調和した」と書かれている。複数の香りや味が混合したものの香りを嗅いだり味わったりした場合、何かを強く感じれば、別のものは本来よりもより弱く感じる。これが「バランス」。このスタイルがフルーツビールである以上、フルーツのキャラクターが先頭に立つべきで、ベースのビアスタイルがもつホップやモルトの特徴はそれよりも弱くても仕方がないというわけである。

ただ、ホップのアロマもモルトのアロマも「感じられないレベル」でもOKというのはどうだろう?例えば、ホップのアロマもモルトのアロマもほぼ感じられないレベルで、フルーツのアロマやフレーバーだけが突出しているビールがあったとしたら、それはフルーツビールとしてどう評価すればいいだろうか?これはよく議論すべきポイントである。もし、そういうビールがあった場合、そのフルーツの特徴は「他のキャラクターと調和」していると言えるだろうか?僕は答えはノーだと思う。ホップのアロマは感じられなくてもいい。それよりフルーツが強くていい。モルトのアロマも感じられなくてもいい。それよりフルーツが強くていい。ただ、ホップのアロマが弱いなら、モルトはそれよりは強くあるべきで、そことフルーツのキャラクターは調和すべき。逆にモルトが感じられないなら、ホップはもう少し主張すべきで、それとフルーツのキャラクターは調和すべき。そういう風に考えるべきだろう。ホップもモルトも感じられず、ただフルーツのキャラクターしか感じられない場合、それはむしろフルーツカクテルやフルーツ使用のチューハイに近いもので、フルーツビールとしての体をなしているかどうか疑うべきではないだろうか?

ビアスタイルガイドラインにはこのような記述がたまに現れる。要素ごとに見れば「感じられないレベル」でもOK。ただ、全体を俯瞰したときにその特徴はどうあるべきなのか。木を見て森を見ず、なんてことが起こらないように留意する必要がある。

苦味についてもコメントしておこう。苦味はミディアム以下である。言い換えれば強すぎなければOK。ではなぜ、ハイレベルではいけないのか?これもバランスの問題。フルーツ自体の甘味や酸味、場合によっては苦味ということもあるかもしれないが、これらとのバランスを考えれば、ホップの苦味だけが突出して強いということは避けるべき、とするのがリーズナブルだろう。

他のスタイルとの差別化

さて、副原料としてフルーツを使用していれば何でもフルーツビールになるのだろうか?そんなことはない。きわめて複雑で、かつ厳格なルールがあるのだ。まず、使用する酵母はどこの国が起源でもよく、ラガー酵母でもエール酵母でもいい、とした上で、以下のように書かれてある。

南ドイツ・スタイルのウィートビール、およびベルリーナ・ヴァイセなどの酵母で発酵させたビールは、このビアスタイルに含まれない。

この理由は、前者は「4. フルーツ・ウィートビール」に該当し、後者は「62. スペシャルティ・ベルリーナスタイル・ヴァイセ」に該当するので、あいまいさを排除するためである。ちなみに、小麦を用いた「4. フルーツ・ウィートビール」との区別については、

小麦麦芽を30%以上使用したフルーツビールはフルーツ・ウィートビールに該当する。小麦以外の通常使用しない発酵原料を使用してつくられたフルーツビールは、このスタイルに該当する。

と書かれている。すなわち小麦麦芽の使用量が多ければ、「4. フルーツ・ウィートビール」に該当する。一方で小麦麦芽や大麦麦芽以外の穀物、例えばオーツ麦やライ麦、グルテンフリービールを作るときに使われるソルガムなどを用いた場合は、「2. フルーツビール」として扱ってよいことになる。

さらに、上のベルリーナ・ヴァイセの例と同様に以下のような記述もある。

培養菌または野性菌由来の酸味を持つフルーツビールも、このビアスタイルには含まれない。野生酵母由来の典型的なキャラクターがあってはならない。

これも、「28. フルーツ入りアメリカンスタイル・サワーエール」「29. ブレットビール」「30. ミックスドカルチャー・ブレットビール」などとの重複を防ぐためのものである。さらに

ベルジャン酵母(ヴィット、アビイ、ファームハウス、セゾン、ブレタノマイセスなど)で発酵させたフルーツビールは、ベルジャンスタイル・フルーツビールまたはフルーツ入りブレットビールに該当する。

とある。これも同様で、「5. ベルジャンスタイル・フルーツビール」および「29. ブレットビール」、および「30. ミックスドカルチャー・ブレットビール」などとの区別を明確にするための記述である。なお、文中には「フルーツ入りブレットビール」という表現が用いられているが、「29. ブレットビール」「30. ミックスドカルチャー・ブレットビール」はフルーツを使ったものも使っていないものも同じ一つスタイルに含まれる。

また、使用する副原料そのものにもいくつかのルールがある。以下にいくつかをまとめておこう。

  • 柚子を使用した場合:「3. 柚子ビール」に該当

  • ココナツを使用した場合:ココナツは野菜の一種と見なされるため、「6. フィールドビール」に該当

  • 唐辛子を使用した場合:量の多少にかかわらず、排他的に「11. チリビール」に該当

ちょっと複雑なのが、以下の記述である。

実際にフルーツではなくともフルーティーな副原料が使用されているビールであれば、このビアスタイルに該当する。

実際には多種多様なものが考えられるが、(ホップを除く)フルーティーな風味をもつ食品添加物はこれに該当するだろう。ガイドラインでは一例としてジュニパーベリー(ネズの実)を挙げている。ジュニパーベリーは蒸留酒のジンを作るときに香り付けに用いられるボタニカルとして知られているが、フルーツではない。ただし、これをビールの副原料して用いた場合、フルーティーなアロマやフレーバーが強く感じられた場合は、フルーツビールとして扱ってもいいとされている。一方で、よりスパイスやハーブの特徴が強く感じられた場合は「8. ハーブおよびスパイスビール」に該当すべき、というわけである。

その他の特徴やパラメータ

まず、ビールのボディについては、ベースにしたビアスタイルによって異なる、とされている。ベースのビアスタイルがライトならライトボディ、フルボディならフル、ということである。また、ビタネス・ユニットは5〜70 IBUと非常に幅が広い。これもベースのスタイルの多様性を物語っていると言えよう。

さらに、アルコール度数についても2.5〜11.9%ABVと非常に幅が広い。そのため、初期比重や最終比重も他のスタイルと比較してかなり幅広く設定されている。これも、ベースのビアスタイルが多種多様であることの証左であると考えられる。ただし、このように副原料を用いたスタイルの場合は、比重やアルコール度数については「ベースとしたビアスタイルに基づく」と書かれていることも多い。なぜ、フルーツビールではそのような記述ではなく、あえて比重やアルコール度数が明記されているのだろうか。同じ副原料を用いたスタイルでも、このように具体的な数値が示されているのは、フルーツを用いたビールと蜂蜜を用いたハニービールくらいのものである。はっきりとしたことは僕にもわからないが、次のような解釈はできないだろうか?フルーツも蜂蜜もそれ自体に糖を含んでおり、アルコール度数が同じであったとしても、発酵が終了した後の最終比重は若干高くなる可能性がある。実際、フルーツビールのアルコール度数が高いものと、同じくらいのアルコール度数のハイアルコールビール(例えばバーレイワインなど)を比べてみると、初期比重についてはほとんど同じであるが、最終比重はフルーツビールの方が若干高めに設定されている。このことを明示するため、これらのスタイルでは比重やアルコール度数などの数値を例示しているのではないだろうか?

重要な注意点

さて、フルーツビールのように副原料を用いたビアスタイルの場合、特にビールの審査会に出品する場合には重要な注意点がある。例えば、以下のような情報を出品者は明記する必要があるのだ。

  • ベースにしたビアスタイル名

  • 使用したフルーツの種類と使用したタイミング(糖化時、煮沸時、一次発酵時、二次発酵時あるいはそれ以外)

  • フルーツ以外に特別な原料を使用していればその名称と使用方法や使用したタイミング

審査会の場では、これらの情報が明記されていないと、審査員はそのビールを正当に評価することができない。これまで述べてきたように、「ベースのビアスタイルに基づく」などの評価点が数多くあるし、フルーツの種類や使用法がわからなければ、そのような香りや味がなぜ表現されているのか、醸造家の意図したとおりにできあがっているのか、などを判断することができないからだ。したがって、ガイドラインにも

これらについての情報が添付されていないビールは、審査の際に不利となる場合がある。

と明記されている。実際、審査会の現場では、このような記述がまったくない場合や不足している場合、何らかの文章は書かれているものの、ビアスタイルや副原料に関する情報が決定的に欠けている場合などが散見され、本来もっと高く評価されるべきビールであっても、正当な判断ができないために非常にもったいない結果となっているものに出くわす場面が多々あるのだ。

特に数年前から、ベースとなるビアスタイルについては、以下のような説明が追加された。

ベースにしたビールが、このガイドラインに収録されている既存のビアスタイルのどれにも合致しない場合は「既存のスタイル外」と書いてもよい。

日本地ビール協会でJapan Great Beer Awards(JGBA)International Beer Cup(IBC)の運営に携わる立場としては、このような記述には本当に困らされた。実際、出品者によって、ベースのスタイルについて「既存のスタイル外」とだけ書かれていても、ベースのビールがどのようなものなのか皆目わからず、何も情報を持っていないことと同じだからだ。そこで現在、僕らの審査会では出品要項の中で、「既存のスタイル外」とする場合は、比較的近いビアスタイル名と、そのビアスタイルからどのような意味で外れているのか、ベースのビールの特徴を可能な限り明記することを出品者に求めている。我々の思いとしては、できるだけ数多くのビールについて、そのビールが本来もっているポテンシャルを正しく評価したいということに尽きるのである。

おくゆかしく宣伝を…

さて,このようなビアスタイルについて楽しくざっくりと知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。

また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。すでに資格をお持ちの皆さんは、ぜひ周りの方に薦めていただきたい。会場で会いましょう。

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