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Episode 17: ヨーロッパのサワーエール〜いい塩梅〜

前回、扱ったランビックは、自然まかせのサワーエールであったが、いわゆる自然発酵だけが酸味の強いビールを作る手段ではない。それらの多くは上面発酵酵母と一緒に乳酸菌を用いることで酸味を作り出している。

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歴史的には、中世の時代からヨーロッパのさまざまな土地でサワーエールが作られてきた。そのフレーバーの柱は、基本的には乳酸由来の酸味と麦芽由来の甘みのバランスが取れていることで、ホップの苦味は基本的に弱く、ホップアロマも決して強くない。この点もランビックとよく似ている。

あくまでも異なるのは発酵方法だけなのだ。

これらのビールは、現在では、その作られた土地に根付いたビアスタイルとして定義されているが、そもそもはその土地における地酒であり、単にビール、でしかなかった。とは言え、その発祥となった土地の風土や文化などがビールの特徴にも反映されており、それがスタイルのアイデンティティとなっているわけだ。

今回はベルギーとドイツが発祥のサワーエールを3つ紹介しよう。それぞれキャラクターが違い、個性が立った粒ぞろいのスタイルである。

ベルギー:フランダースのサワーエール

まずはランビックと同じベルギー、しかもランビックが作られていたブリュッセルを含む北部のフランドル地域、いわゆるフランダースと呼ばれる地域で作られたサワーエールである。

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この地域は、かつてブルゴーニュ伯の支配地であったこともあり、フランス文化が伝えられた中で、ワインを飲む習慣も伝わったと言われている。ところが、ワインは富裕層にしか手の出せないぜいたく品で、誰でも飲める飲み物としてワインによく似た特徴を持つビールが作られたと考えられる。

フランダース地方のほぼ中央にブリュッセルがあり、おおよそこの辺りを境にして東側と西側で微妙に異なるスタイルのサワーエールが作られている。

西側で作られているのは、よりワインに良く似た特徴を持っており、見た目も赤ワインを思わせるような赤みがかった色をしたビールであり、オールド・レッド、あるいはフラマン語でアウトロート(Oud Rood)と呼ばれている。いずれも、長期熟成の赤ビールという意味である。

一方、東側で作られているのは、少し茶色がかった見た目で、西側のものよりも麦芽の風味や甘みが強めに感じられるビールで、オールド・ブラウン、フラマン語ではアウトブライン(Oud Bruin)、すなわち、長期熟成の茶色いビールと呼ばれるスタイルである。

両者に共通した製法としては、グーズランビックと同様に、熟成したビールに若いビールをブレンドする点、その後、瓶詰めをして瓶内で2次発酵させる点である。長期熟成によりビールは酸化を免れないが、オーク樽で熟成させることもあり、シェリー酒にも似た風味が生まれ、独特なな味わいを感じさせてくれる。

西側のレッドエールは1次発酵を行なった後、巨大なオーク樽で2年近く熟成が行なわれる。木樽には酢酸菌をはじめとするバクテリアが棲み着いており、発酵に用いられた乳酸菌と相まって複雑な風味を作り出している。ビールの特徴でもある赤い色は赤みがかった麦芽を用いることに由来している。(下写真は代表的銘柄の一つ、ドゥシャス・デ・ブルゴーニュ

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一方の東側のブラウンエールでは、さまざまな色の麦芽を組み合わせて用い、長時間煮沸することで麦汁の一部をカラメル化させる。これにより独特な茶色い色と深い麦芽風味や甘みが抽出され、オールド・レッドに比べ、よりまろやかな味わいが生み出されている。(下写真は代表的銘柄の一つ、リーフマンス醸造所のグーデンバンド

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いずれも酸味に加え、発酵由来のフルーティーなエステルがハッキリと感じられ、口当たりもドライで、軽快、かつ爽やかなビールである。

ドイツ:ベルリーナ・ヴァイセ

ベルリーナ・ヴァイセは、その名の通り、ベルリン発祥のビールである。「ヴァイセ」「白」を意味し、これは小麦が原材料として使われていることの証しである。

アルコール度数は3%程度と低いが、非常に強い酸味を持ち、カーボネーションも強く、泡立ちも豊かで爽やかな口当たりのビールである。一方、ホップの苦味は非常に弱く、IBU値は3〜6程度である。

かのナポレオンはこのビールを「北のシャンパン」と呼んだとも伝えられているし、現地のドイツ人たちは、「ワーキングクラスのシャンパン」と呼んでいたとも言われている。

フランダースのサワーエールと同様、酸味は上面発酵酵母に乳酸菌を加えて使用することによるものである。

ベルジャン・ヴィットをはじめとして、ヨーロッパでは小麦を使ったビールは古くから作られていたし、乳酸発酵も原始的な発酵法として知られていたが、乳酸をブレンドした酵母で小麦ビールを作るという製法がなぜ行なわれるようになったかは、実のところ明らかになっていない。

さらに、このスタイルのビールがいつ頃から作られていたかは定かではないが、19世紀にはベルリンで大変な人気を呼び、当時は200を超えるブルワリーが存在していたという。

他のサワーエールに比べてベルリーナ・ヴァイセを唯一無二の存在としているのは、その独特なサービング方法である。

ベルリンのビアカフェでベルリーナ・ヴァイセをオーダーすると、「赤か、緑か」を聞かれることがある。もともとのビールの色はゴールド色だが、実際には、これにラズベリーウッドラフ(クルマバソウ)のシロップを混ぜて、甘みを加えて提供されることが多いのである。

しかも、大きなボウル型のグラスにストローが差されて提供される。外から見ると、まさかビールを飲んでいるとは思えないような光景が目に浮かぶ。いわゆる、ビアカクテルの先駆け、とでも呼ぶべき提供方式と言えるだろう。

もともとはベルリンで作られていたベルリーナ・ヴァイセだが、20世紀に入ると、ピルスナーなどのラガー人気に押されて、醸造するブルワリーの数も一気に減少してしまう。ところが近年、米国などのクラフトビール醸造家が、独自のアイディアで新しいベルリーナ・ヴァイセを作っている。

中には、最初からフルーツやフルーツシロップを用いて甘みや香りを加えたり、ハーブやスパイスで風味づけを行なったり、さらには濃色モルトを用いて色の濃いベルリーナ・ヴァイセを作り出すところまであったりする。これらのビールは伝統的なものと区別して「スペシャルティ・ベルリーナスタイル・ヴァイセ」というビアスタイルに分類されている。

ドイツ:ゴーゼ

最後は、やはりドイツを発祥とするゴーゼである。ゴーゼも同様に上面発酵酵母に加えて乳酸菌による酸味に特徴があるビールだが、上で紹介したサワーエールとの違いは、ほんの少しの「塩」で風味づけをしている点である。塩に加えてコリアンダーも使用される。

同じドイツのベルリーナ・ヴァイセと同様、ゴーゼも小麦を用いたサワーエールである。場合によってはオーツ麦が含まれる場合もある。またホップの苦味もベルリーナ・ヴァイセ同様に弱い。さらにゴーゼにおいては、麦芽由来のフレーバーや甘みも非常に弱く、味わいの中心はシャープな酸味に加え、ほのかな塩味とスパイス香である。

実は酸味と塩味というのは非常に相性がいい。例えば、塩辛い料理に酸の強い日本酒やワインがよく合う、ということを経験からご存知の方もいるだろう。また、塩辛い料理に少量の酢やレモン汁を加えることで、塩分の角がとれ、味わいがまろやかになって、より素材の味が浮かび上がってくることがある。

このあたり、ビールとフードのマリアージュの手法として覚えておくと、特にサワーエールの楽しみ方は広がるかも知れない。

ただし、ゴーゼの醸造に塩が用いられているのは、このようなフレーバーのバランスをとることを想定したからではない。

ゴーゼはドイツ北西部のゴスラーの街に由来すると言われている。この町をゴーゼ川という川が流れており、これがビールの名になったという説があるのだ。このゴーゼ川の水にはもともと塩分が含まれており、この水で仕込んだビールの味を整えるために、スパイスとしてコリアンダーが用いられたという説がある。

一方で、ゴスラー近郊にある鉱山で働いていた鉱夫たちが、労働で汗をかいて失われたミネラルと水分を補給するために塩を加えたビールが作られたという説もある。

そんなゴーゼだが、現代のスタイルガイドラインでは、「ライプツィヒスタイル・ゴーゼ」と名付けられている。ゴスラーの街とライプツィヒは100kmほど離れており、決して近いとは言えない。

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実は20世紀に入る頃、ゴーゼはライプツィヒで大きな人気を呼び、ゴーゼを提供する酒場が街に数多く存在したと言われている。これが、現代のスタイル名の由来となっているのである。

ところが、他の伝統的なビアスタイルと同様、ピルスナーの大波に飲まれて、ゴーゼも歴史から一度姿を消す。1966年には当時の東ドイツにあった最後のゴーゼ醸造所が閉鎖する事になってしまった。

その後、1980年代に復活を果たすが、現在では、米国をはじめとする世界各国のクラフトブルワリーにおいて、決してメジャーとは言えないまでも作られるようになっている。

中には、大麦や小麦、オーツ麦以外の穀物を使ったり、ハーブやスパイス、フルーツなどを使ったバージョンを作るブルワリーもある。こういったビールは、現在では「コンテンポラリー・ゴーゼ」というスタイルに分類されている。

いかがだろうか?

酸味、というのは、ときに腐敗の合図と考えられる場合もある。しかし、ビールの世界においては、酸味の強いビールは、ヨーロッパの伝統を今に伝えるスタイルとして、由緒正しいアイデンティティを持ち、さらに世界に伝搬して発展を続けているというわけである。

代表的銘柄

《ベルジャンスタイル・フランダース・アウトブラインまたはアウトロート・エール》

  Rodenbach Classic(ベルギー)
  Duchesse du Bourgogne(ベルギー)
  Liefmans Goudenband(ベルギー)
  Anglo Japanese Brewing Co.・峠越え(長野県/IBC2021金賞*)

《トラディショナル・ベルリーナスタイル・ヴァイセ》
  Schneeeule Marlene(ドイツ)

《ライプツィヒスタイル・ゴーゼ》
  Insel Baltic Gose(ドイツ)

*IBC: International Beer Cup

伝統的なベルリーナ・ヴァイセやゴーゼを入手するのは、不可能ではないが簡単ではないかも知れない。一方、フランダースのオールド・レッドやオールド・ブラウンはベルギービール専門店などで気軽に味わうことができるだろう。これらのサワーエールは、和食、特に東北地方などの寒い地域で食べられていた塩味の強い伝統料理と合わせてみたい。もし、手に入ったら、塩と酸のマリアージュを楽しんでみよう。

さらに知りたい方に…

さて,このようなビアスタイルについてもっとよく知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。(本記事のビール写真も同書からの転載である。)

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また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。会場で会いましょう。

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