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Episode 06: ヴァイツェン〜小麦色は何色?〜

「小麦色」という言葉がある。辞書を引くと、「小麦の種子を思わせる、つやのある薄茶色。」などという記述がある。小麦色の肌とかいうもんね。

今回取り上げるのは、「ヴァイツェン」(Weizen)というビアスタイル。ヴァイツェンは、少なくとも50%以上の小麦麦芽を原料として使用したビールである。"Weizen" という言葉はドイツ語で「小麦」。ということで、またしてもドイツならではのド直球なネーミングである。

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特に酵母をろ過していない濁りのあるものをヘーフェヴァイツェン(Hefeweizen)というのだが、「へーフェ(Hefe)」はドイツ語で「酵母」を意味するということで、2球連続のド直球だったりする。

さて、ヴァイツェンの色は、辞書的な「小麦色」よりも淡い麦わらに近い黄色から、かなり茶色に近い琥珀色までさまざまなバリエーションがある。さらには、あえてロースト麦芽を使ったスタイルもあり、この場合はほとんど黒に近い焦げ茶色のものまであったりする。ビールの世界では、「小麦色」は極めて幅が広い意味をもつのである。

では、ヴァイツェンの歴史から追ってみよう。

人類の歴史とともに

ヴァイツェンが初めて作られたのが歴史上いつなのか、ということは実はよくわからない。小麦自体は、人類が農耕栽培を始めた頃から作られてきた作物であるし、ビール作りに小麦が使われた証拠としては、紀元前3000年頃にメソポタミアでシュメール人によって使用されてきたという記録が残っている。

現代のヴァイツェンに近いものは中世の頃から作られていたと考えられている。そもそも、ヨーロッパで作られていた古いビアスタイルには、量の大小に関わらず小麦が使用されている場合が極めて多い。小麦は主食であるパンにも使われるわけで、そもそも身近な穀物から酒を作るというのは、リーズナブルな考察であろう。このことにはまたいずれ触れたいと思う。

現存する世界最古のビール醸造所は、ミュンヘン北東部のフライジングにあるヴァイエンシュテファン醸造所であると言われている。1040年からビール作りをしていると伝えられているこの醸造所でも、古来から小麦ビールが作られてきたようである。そのため、現在のビアスタイルガイドラインでは、「南ドイツスタイル・ヘーフェヴァイツェン」などと、スタイル名に「南ドイツ」を伴うものが少なくない。

ちなみに、ヴァイエンシュテファンは、設立当初は修道院の醸造所であったが、その後、王室が所有するようになり、現在では、ミュンヘン工科大学の一部となっている。

ビール純粋令

ドイツには「ビール純粋令」という法律がある。食品に関連するもので現在でも有効な法律としては世界最古のものとされている。1516年、バヴァリア公ヴィルヘルム4世によって、この法律が制定された。

この法律では、「ビールは大麦、ホップ、水のみを原料とすること」とされている。ホップを用いたビールづくりは15世紀以前から行なわれているので、ここにホップが記載されていることには疑問の余地がない。

一方、「酵母」は必要ないの?と思われる方もいるかも知れない。現在では麦汁にビール酵母を加えることで発酵が行なわれるため、これは極めて自然な疑問だろう。ところがこの時代にはいまだ酵母は発見されておらず、酵母を純粋培養する試みに至っては19世紀後半のパスツールの仕事を待たなければならない。

そのため、それ以前のビール作りでは、樽に残った「おり」などを再利用したり、すでに作られたものとブレンドしたりすることで酒が作られる、というような経験則に基づく醸造法が伝承されているのみであった。このため、当時のビール純粋令の記述にも酵母は登場しないのである。現在の法律では、原料には酵母も加えられている。

さて、そこで今日の主役である「小麦」である。ビール純粋令では「大麦」の記載はあるが、小麦は認められていない。この時代はすでに小麦ビールは作られていたわけで、そのようなビールはこの法律では認められていない違法な酒、ということになる。ホントかよ?

これがその通りなのだ。ビール純粋令では当初、小麦の使用は禁じられていた。この法律の主たる目的は、大麦以外の穀物を用いることにより、品質の低いビールが出回るのを防ぐためであったが、もう一つ、食糧政策としての側面もあったのである。小麦やライ麦はパンの原料であるが、不作でこれらの穀物の供給量が下がった場合にでも、パンを作るための原料を確保するため、ビール作りへの利用が禁じられたというわけである。

ただ、この法律下でも伝統的に小麦のビールは作られてきた。実は、純粋令には抜け穴があって、唯一、王室直営の醸造所だけが小麦を使ったビールの醸造を許されていたのである。

なお、現在の法律では、小麦やライ麦を用いることも認められているが、これらを主たる発酵性原料として用いた場合は、上面発酵酵母を使用することが条件とされている。

香りと味わい

さて、歴史の話はこのくらいにして、ヴァイツェンの香りや味わいについて述べることにしよう。端的に言うと、ヴァイツェンは発酵由来の香りを楽しむためのビールである。具体的には、フェノールというクローヴ(丁字)に似た香りがアロマの軸となっており、それにバナナに似たエステルの香りを伴う場合も非常に多い、というのが典型的なヴァイツェンのアロマの特徴であろう。クローヴ香とバナナ香のバランス、どちらの香りが優勢になるかは発酵温度にも依存する。

一方、ホップの香りや麦芽由来の香りは非常に低いレベルでしか感じられない。また、ホップの苦味もほとんど感じられないほど弱い。そのため、バナナのようなフルーティーな香りも相まって、ビールの苦味が苦手、という方にもオススメしやすいスタイルだろう。

泡とボディ

ヴァイツェンに用いられる酵母は発酵度が非常に高いため、通常よりも多くの炭酸ガスが生成される。そのため、特に酵母をろ過せずにビン詰めされたものでは、炭酸(カーボネーション)のレベルも強めに感じられることがある。

炭酸ガスが多く発生することは、豊かな泡が作られることにも関係している。ビールの泡の正体は炭酸ガスである。これはスパークリングワインだろうが、シードルだろうが、コーラだろうが発泡性の飲料に共通している。しかし、皆さんもご存知の通り、ビールの泡だけが白く見え、かついつまでも壊れずに長持ちする。

その理由は、炭酸ガスの粒のまわりを、麦芽にもともと含まれるタンパク質ホップ由来の樹脂成分(イソアルファ酸)が覆っているからである。ちょうど、泡の粒の周囲を塗料(タンパク質)とニス(ホップ樹脂)でコーティングしたような構造をイメージするとわかりやすい。

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数ある炭酸飲料の中でも原料として麦芽とホップを使用するのはビールくらいのものであるから、ビールだけが長く持続する泡をもつというわけである。ちなみに、イソアルファ酸は苦味のもとになる成分でもあるので、ビールの泡だけをなめてみたときにすごく苦く感じるのも、このことから理解できるだろう。

さて、ヴァイツェンは小麦を50%以上使っていることは冒頭で述べたが、実は小麦は大麦よりもタンパク質の含有量が多い。そのため、ヴァイツェンでは、そもそも発酵による炭酸ガスが多いことも相まって、他のビアスタイルよりこんもりと豊かな泡が生成される。

また、このタンパク質はビールのボディを強める効果もある。ボディというのは、いわゆる口当たりの豊かさ、だと思えばいいだろう。いわゆるプロテインドリンクはドロッとした飲み口のものが多いが、さすがにそこまでではないにせよ、ヴァイツェンは炭酸ガスが強めであることもあり、他のビアスタイルに比べて豊かでふくよかな口当たりが感じられる。特に酵母入りのへーフェヴァイツェンでは、酵母もこの豊かなボディを形成するために一役買っている。

ヴァイツェンの派生形

一言でヴァイツェンと言っても、さまざまなスタイルがある。現在、日本地ビール協会で発行しているガイドラインでも、酵母入りのヘーフェヴァイツェン、酵母をろ過したクリスタルヴァイツェン、アルコール度数が低くて飲みやすいライヒテスヴァイツェン、逆に度数が高いヴァイツェンボック、ロースト麦芽を使用するため色の濃いデュンケルヴァイツェン、それよりは色が薄めの茶色をしているベルンシュタインファルベン・ヴァイツェンなどがある。(下写真は、左からフランツィスカーナーのヘーフェヴァイツェン、ハッカー・プショールのデュンケルヴァイツェン、シュナイダーのヴァイツェンボック)

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冒頭で述べた小麦色、いわゆる日焼けした肌のような色、という意味では、ベルンシュタインファルベン・ヴァイツェンが近いのかもしれない。一方、デュンケルヴァイツェンやヴァイツェンボックでは、黒に近いような色をしたものも少なくない。一方、ゴールド色やそれよりも淡い色のヴァイツェンもある。いずれにせよ、ビールの世界では「小麦色」は一つには絞りきれないというわけである。

代表的銘柄

《南ドイツスタイル・ヘーフェヴァイツェン》
  Franziskaner Hefe-Weissebier(ドイツ)
  Schneider Weisse TAP7 Mein Original(ドイツ)
  Paulaner Hefe-Weissbier(ドイツ)
  Weihenstephaner Hefe Weiss(ドイツ)
  松江ビアへるん・ヴァイツェン(島根県/JGBA2021金賞**)

  OKD Kominka Brewing・Fig Ichijiku Weizen(愛知県/JGBA2021金賞**)
  丹後王国ブルワリー・Weizen(京都府/JGBA2021金賞**)
  横須賀ビール・Hasse Mitsumugi Wheat(神奈川県/IBC2021金賞* JGBA2021銅賞**)
  長濱浪漫ビール・伊吹バイツェン(滋賀県/IBC2021銅賞* JGBA2021金賞**)
  ヘリオス酒造・銀河鉄道999 メーテルのヴァイツェン(岩手県/IBC2021銀賞*)
  CARVAAN BREWERY・スペルト・ヴァイツェン(埼玉県/IBC2021銀賞*)
  ハイランドポートブルワリー・白河ヴァイツェン(福島県/JGBA2021銀賞**)
  長島地ビール・ヴァイツェン(三重県/JGBA2021銀賞**)
  富士桜高原麦酒・ヴァイツェン(山梨県/JGBA2021銀賞**)
  吉乃川・摂田屋クラフト・ヴァイツェン(新潟県/JGBA2021銅賞**)
  Tsukioka Brewery・月岡ヴァイツェンナチュラル(新潟県/JGBA2021銅賞**)
  いわて蔵ビール・ヴァイツェン(岩手県/JGBA2021銅賞**)
  石川酒造・多摩の恵・ヴァイツェン(東京都/JGBA2021銅賞**)

《南ドイツスタイル・クリスタルヴァイツェン》
  Franziskaner Weissbier Kristall(ドイツ)
  Schneider Weisse TAP2 Mein Kristall(ドイツ)
  開拓使麦酒・ヴァイツェン(北海道/IBC2021銅賞*)

《南ドイツスタイル・ベルンシュタインファルベン・ヴァイツェン》
  Plank Hefeweizen(ドイツ)

《南ドイツスタイル・デュンケルヴァイツェン》
  Franziskaner Weissbier Dunkel(ドイツ)
  Weihenstephaner Dunkel(ドイツ)
  富士桜高原麦酒・シュヴァルツヴァイツェン(山梨県/IBC2021銀賞* JGBA2021銀賞**)
  南信州ビール・デュンケルヴァイツェン(山梨県)

《南ドイツスタイル・ヴァイツェンボック》
  Schneider Weisse TAP6 Mein Aventinus(ドイツ)
  Weihenstephaner Vitus(ドイツ)
  富士桜高原麦酒・ヴァイツェンボック(山梨県/JGBA2021金賞**)
  泉佐野ブルーイング・KIX BEER ヴァイツェンボック(大阪府/IBC2021銀賞*)
  湘南ビール・ヴァイツェンボック(神奈川県)


* IBC: International Beer Cup
** JGBA: Japan Great Beer Awards

上に示したように、本場ドイツの小麦ビールも数多く輸入されているが、日本のクラフトブルワリーでもきわめて数多くの高品質なヴァイツェンを醸造している。スタイルごとの飲み比べはもちろんだが、銘柄ごとに微妙なアロマの違いを比べてみるのも忘れられない経験となるだろう。

さらに知りたい方に…

さて,このようなビアスタイルについてもっとよく知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。(本記事のビール写真も同書からの転載である。)

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また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。会場で会いましょう。

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