Episode 13: スコッチエール〜モルトの国からの回答〜
数回にわたったハイアルコールビール・シリーズも今回で最後。最後はスコッチエール(Scotch Ale)を紹介しよう。別名をウィーヘビー(Wee Heavy)ともいう。
スコットランドはモルト(麦芽)用の大麦の一大生産国である。ご存じのように、スコットランドは世界最大級のウイスキーの生産地であり、当然、モルトはウイスキーの蒸留にも使用される。
実は、スコットランドでは長い間、北部のハイランド(Highlands)でウイスキーが作られ、中部のローランド(Lowlands)ではビールが作られてきた。
ちなみにスコットランドの伝統料理にブロス(broth)というスープがある。実はこの "broth"、ビール醸造を意味する "brew" と同じ語源を持つという説もある。この話についてはまた別の機会に述べたいと思うが、いずれにしても、スコットランドでも、他の英国の地方と同様、ビール醸造は深く人々の生活に根ざしていたのである。
スコットランド生まれのビール
スコットランドの緯度は49度から61度である。北海道の最北端でも北緯45度なので、それよりはるか北に位置していることがわかる。気候的には西岸海洋性気候に属するため、海流や偏西風の影響で緯度の割に温暖であるとはいうものの、基本的は寒い土地である。
雪に覆われた寒い冬を生き抜くためには、フルボディでモルトの甘さが際立つエールで身体を温める、というのはリーズナブルな選択であったのだろう。事実、スコッチエールはアルコール度数6〜8%の濃色エールで、濃厚なモルトの甘みに特徴があるビアスタイルである。
スコットランドは夏の暖かい季節が短いため、ホップの生産には向かない。そのため、ビール醸造に使用されるホップはブリテン島南部のケントなどの産地から運ぶか、輸入に頼るしかなかった。大量のホップを使うためには輸送コストがかさむため、基本的にはホップを控えめにしたモルティなビールが作られてきた伝統がある。
スコットランド発祥のビアスタイルとしてはハイアルコールのスコッチエールに加え、比較的アルコール度数が低いスコティッシュエールというスタイルもあるが、いずれもモルトのフレーバーが支配的なものとなっている。
スコットランドにおけるビール醸造は英国風であり、上面発酵酵母を用いたエールが作られているが、気温が低いこともあり、ブリテン島南部で作られるものよりは発酵温度が若干低い。
したがって、ドイツで作られているアルトのように、低温で発酵・熟成が行なわれるため、スッキリとして澄んだビールが出来上がる。そのため、度数が低いスコティッシュエールでは、モルトフレーバーが強いとは言っても、甘さはスッキリしていて飲み飽きしないのである。
ちなみに、ビール作りにホップが使われるようになる以前は、スコットランドでは、アルコール度数を上げるために蜂蜜や糖蜜を使ったり、ヘザー(heather)やマートル(myrtle)などの花で香り付けがされることもあったようである。
花といえば、スコットランドの国花はアザミ(thistle)である。
スコットランドでは、ビールはアザミの花の形を模したシスルと呼ばれるグラスで提供されることもあるのだ。
スモーキー・フレーバー
現在のビアスタイルガイドラインでは、スコッチエールは「アンピーテッド・スコッチエール」と「ピーテッド・スコッチエール」に細分化されている。ピートとは、スコッチウイスキー用のモルトを乾燥させるために使用される泥炭のことであり、これにより特有のスモーキーな香りが生まれる。
アンピーテッド・スコッチエールはピートを用いていない麦芽で作られたもの、ピーテッド・スコッチエールはウイスキー用のピーテッド・モルトを使用したビールである。このようなビールが作られているのもスコットランドならではの特徴であると言えよう。
なお、ピートの香りはモルトのフレーバーにわずかなアクセントを与える程度に留めるため、ほんの数%に限って使用されるのが通常である。しかし、アメリカのクラフトブルワリーの中には、ピートのスモーキーな香りを非常に強めたバージョンを醸造しているところもある。
輸出用のビール
スコットランドでは古代からビール醸造が行なわれていた。首都エジンバラでは、12世紀頃から修道院においてビールが作られていた。
なお、スコットランドで継続的に人が住んできた家として最古のものであると言われているトラクエアハウス(下写真)でも古くからビール作りが行なわれていたようである。
19世紀以降はトラクエアハウスでのビール作りは途絶えてしまったようだが、1965年に醸造用設備が発見されて以降、ビール醸造が復活することとなった。
大航海時代、大英帝国の最盛期には、スコットランドにとってビールは重要な輸出品であり、エジンバラの街はヨーロッパ有数のビール生産地であった。このとき、輸出用に作られていたビールの一つが度数が高く、モルトのフレーバーを強調したスコッチエールだったわけである。
スコッチエールは、大西洋を渡ってベルギーなどへも輸出されていた。現在、ベルギーで生産されているハイアルコールビールの中には、スコッチエール用の酵母を用いて作られたものもある。ゴールド色の強いビールといて日本でもよく知られているデュベル(Duvel)がその好例である。
さまざまな呼び名
上で述べた高アルコールのスコッチエール、低アルコールのスコティッシュエール、という分類は、米国の Brewers Asssociation がビアスタイルガイドラインを作る際に導入された考え方であった。実は、スコットランドでは歴史上、このような分類がされたことはない。
スコットランドのパブでは、ビールはその価格で呼ばれていた。例えば、トゥーペニーエール、フォーペニーエール、テンペニーエール(2ペニー、4ペニー、10ペニーのビールの意)などといった感じである。
あるいは、60/-、70/-、80/-、90/-、などという名前でも呼ばれていた。「/-」はシリングという通貨を表す記号である。これらはビール1樽単位の価格に対応している。
一般に度数が上がるほど麦芽の使用量が多く価格は上昇するため、「60/-」は2.5〜3.5%で別名を「ライト」、「70/-」は3.5〜4%で別名を「コモン」または「ヘビー」、「80/-」は4〜5.5%で「エクスポート」、そして「90/-」が6〜8%あるいはそれ以上で「ストロング」または「ウィーヘビー」などと呼ばれていた。
現在のビアスタイルガイドラインでは、比較的低アルコールのスコティッシュエールは「スコティッシュスタイル・ライトエール」、「スコティッシュスタイル・ヘビーエール」、「スコティッシュスタイル・エクスポートエール」に分類されており、これらはそれぞれ、60/-、70/-、80/-に対応している。
一方、「90/-」や「ウィーヘビー」と呼ばれていたものが現在「スコッチエール」に分類されているわけである。
ちなみに「ウィー」(wee)はスコットランド語で「小さい」を意味する単語である。スコットランドでは、高アルコールのビールを1/3パイント(約190mL)の小さいグラスで飲んでいたため、高アルコールのビールを「ウィーヘビー」と呼ぶようになったのである。
クラフトブルワリーの台頭
21世紀に入る頃から、スコットランドでも小規模のクラフトブルワリーが誕生し、独創性に富んだビールをリリースしている。
例えば、ウイスキーの産地として知られるハイランドでは、ブラックアイル・ブルーイング社が自家栽培された有機大麦を用いて、スコッチエールのみならず、ペールエールやポーター、スタウト、さらには大陸風のラガーまで、さまざまなスタイルのビールを醸造している。
スコットランドのクラフトブルワリーの代表格と言える存在がブリュードッグであり、アメリカに勝るとも劣らないホッピーでエッジの効いたビールを次々にリリースしている。
前回の「ボック」のところで、50%を超えるハイアルコールビールをめぐる世界一争奪戦の話に触れたが、実はこれに関わったブルワリーの一つがブリュードッグであった。彼らは "The End of History" という名の 55%のアイスボックを作ったことがあるのだ。
寒いスコットランドでは、時代の最先端をいくブルワリーもまた、ハイアルコールに回帰したということだろうか?
代表的銘柄
《スコティッシュスタイル・エール》
Belhaven Scottish Ale(スコットランド)
ブリューインバー銀座醸造所・スコティッシュエール(東京都/IBC2021銅賞* JGBA2021銅賞**)
riot beer・Rovo #26(東京都/IBC2021銅賞*)
那須高原ビール・スコティッシュエール(栃木県)
《スコッチエール》
Black Isle Scotch Ale(スコットランド)
Tokyo Aleworks・Skye Ale: ピーテッド・スコティッシュエール(東京都/IBC2021銅賞*)
ベアードビール・やばいやばいストロングスコッチエール(静岡県)
* IBC: International Beer Cup
** JGBA: Japan Great Beer Awards
日本国内でも小規模の醸造所が増え、国産ウイスキーの評価も高くなり、ウイスキーを楽しむ人の数もうなぎのぼりに増えている感がある。しかし、時には、スコッチではなく、蒸留していないスコッチエールをちびちびとすすってみるのも悪くないと思うのだが、いかがだろうか?
さらに知りたい方に…
さて,このようなビアスタイルについてもっとよく知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。(本記事のビール写真も同書からの転載である。)
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