Episode 14: フルーツ&スパイスビール〜素晴らしき多様性〜
この連載では、これまでいわゆる伝統的なビアスタイルを扱ってきた。今回ははじめて、伝統的なビアスタイルに新しい副原料や製法を導入した、いわゆるハイブリッドなスタイルを扱うことにしよう。
フルーツやスパイス、ハーブなどを副原料として用いたビールである。以前も書いたとおり、ビール純粋令が施行されているドイツでは、このような副原料を用いることはご法度である。
一方、ベルギーでは、古来よりフルーツやスパイスが副原料として用いられてきた。オレンジピールやコリアンダーを使用したベルジャン・ヴィットビールがいい例である。
これに対し、米国では1980年代以降のクラフトビール・ムーヴメントの中でさまざまな種類のフルーツビールやハーブまたはスパイスビールが作られてきた。ブルーベリーを用いたペールエールやチェリービールなどは米国においてもさまざまな銘柄が存在する。
日本も同様で、いわゆる1994年の地ビール解禁以降、地元のフルーツなどを用いたビールが多くのブルワリーで作られてきた。国際的な評価が高い銘柄も多く、今や、米国に勝るとも劣らないフルーツビール大国と言っても過言ではないであろう。
フルーツビールやスパイスビールでは、ベースのビアスタイルとして何を使うか、に始まり、使用するフルーツやスパイスなどの種類や、これらを使うタイミングに至るまで、醸造家の創造性や独創性が問われる。このことが、他の酒類ではありえないほど豊かな多様性をビールにもたらしているとも言えるのである。
フルーツビール
日本地ビール協会が発行している現行のビアスタイルガイドラインでは、フルーツビールとしては「フルーツビール」、「フルーツ・ウィートビール」、「ベルジャンスタイル・フルーツビール」の三つのスタイルに分類されている。
厳密にはこれら以外にも、「フルーツ入りアメリカンスタイル・サワーエール」や「フルーツ入り木片および木樽熟成サワービール」、あるいは日本発祥の「柚子ビール」などといったスタイルがあるがこれらについてはまた別の機会に扱うことにして、今回は除外することとする。
「フルーツ・ウィートビール」は、ベースのビアスタイルがヴァイツェンなど小麦を用いたビールであることが求められる。
一方、「ベルジャンスタイル・ウィートビール」はベルジャン・ヴィットやアビイビール、今後扱うことになるセゾンやランビックなどといったベルギー発祥のビアスタイルがベースとして用いられたものになる。
これらに対し、「フルーツビール」は、これら以外のビアスタイルをベースとしたものを指す。したがって、例えば、ベースビールとしてピルスナーを始めとするラガーが用いられる場合もあれば、ペールエールやIPA、さらにはポーターやスタウトなどの濃色のエールが使用される場合もある。
いずれも重要なことは、使用されたフルーツのアロマやフレーバーがホップやモルトなどのフレーバーに勝っていることが重要である。とはいっても、ベースとしたビールの特徴がまったく感じられないものはダメで、ホップやモルトのフレーバーもそれなりに感じ取れることが必要である。
使われるフルーツとしては、苺やラズベリー、ブルーベリーなどのベリー系のもの、オレンジやレモン、金柑などの柑橘系、桃やさくらんぼ、ブドウの他、パイナップル、マンゴー、パッションフルーツといったトロピカルフルーツまで、ありとあらゆるものが使用できる。
野菜のビール
副原料としてフルーツではなく、野菜などの農作物を用いたスタイルもある。「フィールドビール」である。
野菜の場合、フルーツほどアロマティックではない場合もあるので、フルーツビールと異なり、野菜の香りが一番に感じ取れなければならないという条件はない。しかし、ベースビールがもつホップやモルトのフレーバー、発酵由来のフルーティーなエステルのフレーバーと調和していることは求められる。
つまり、ベースビールの特徴を活かしつつ、原料として用いられた野菜の特徴もバランスよく「わかる」ことが求められているわけである。
フルーツビール同様、使用する野菜の種類は一部の例外を除いて何を用いても構わない。日本では、大根やゴボウを用いたビールが作られた例もある。現在のガイドラインでは、ナッツ類を用いたビールもフィールドビールに相当する。
一方、例外としては、かぼちゃを使ったビールは「パンプキンビール」に、唐辛子を用いたビールは「チリビール」に分類される。また、コーヒーやチョコレートを用いたものもそれぞれ「コーヒービール」や「チョコレートビール」にカテゴライズされる。
ハーブやスパイスを使ったビール
酒にハーブやスパイスなどで風味づけを行なうという行為は、世界中の至るところで行なわれている。日本でも、新年にお屠蘇をいただくという習慣があるが、お屠蘇に使用される屠蘇散は山椒やみかんの皮、桂皮、キキョウやボウフウの根などを配合したものである。
すでに何度か書いてきたとおり、ビール醸造にホップが使われるようになる以前は、グルートと呼ばれるハーブや薬草を配合したもので風味づけが行なわれていた。実際には、ヤチヤナギ、アニス、コリアンダーやジュニパーベリーの枝などが使用されていた。ベルジャン・ヴィットでコリアンダーが使われているのはこの名残りであると考えられる。
現代のクラフトビールでは、さまざまなハーブやスパイスを使用した銘柄が存在する。例えば、バジルやミント、ラベンダーなどを用いたハーブビール、山椒やシナモン、ブラックペッパーなどを使用したスパイスビールなどを見かけることもある。現在のガイドラインによれば、お茶の葉を用いたビールもこのスタイルに該当する。
ハーブやスパイスの香りの強さは千差万別である。したがって、副原料としてこれらを用いたビールの場合、使用したハーブやスパイスのアロマやフレーバーはほのかに感じられるものも、ハッキリと認識できるものも許容されている。
ハーブやスパイスを使ったビールは、実際にそれらのハーブなどを用いた料理に合わせたり、料理にアクセントとしてスパイスを振る代わりにビールを合わせてみたりする楽しみもあるだろう。ビールを熟知した料理人にとっては、腕の見せどころとなるに違いない。
多種多様であるがゆえの難しさ
世界には多種多様なフルーツやハーブ、スパイスがあり、名前を聞いてもよくわからないものも数多く存在する。
私自身、ビアジャッジとして国際審査会に参加した際に、日本特有のフルーツやスパイスを外国人に説明しなければならないとき、あるいは海外の見たこともないフルーツを用いたビールを審査しなければならないときに苦労をした経験がある。そんなエピソードをひとつ紹介しよう。
私がメキシコで行なわれた審査会に審査員として参加した際、フルーツビールの審査をする機会があった。そのときに出品されていたビールの中には、ウヴァイア、クプアス、ジャボチカバ、ガビロバ、レッド・モンビンなどのフルーツが使われたものがあった。
どのフルーツも見たことも聞いたこともない。唯一、レッド・モンビンは「赤いモンビンなんだろうなぁ」くらいはわかるが、そもそもモンビンがわからないからどうしようもない。ネットで検索すれば見た目はわかるが、香りや味は想像がつかない。
これらのフルーツはブラジルなどの南米原産らしいのだが、一緒に審査した審査員はメキシコ人やアメリカ人で、誰もこれらについて知識を持ち合わせていなかった。
結局、ホップやモルト以外の香りが前面に出ていることと、フレーバーのバランスがとれていることを観点として審査するしか方法がなく、非常に難儀したのを覚えている。
しかし、これこそがビールの多様性や可能性を高めているということもできる。世界中で地元産の副原料を用いて多種多様なビールが作られている。
日本ではさまざまな柑橘類が栽培されており、柑橘系のフルーツを用いたビールの多様性という意味では世界でも随一と言えるだろう。一方、ヨーロッパで最近注目をされているフルーツビールにはイタリアン・グレープエールと呼ばれるものがある。伝統的にワインを楽しむ国々ではさもありなん、という選択肢である。
フルーツのみならず、スパイスやハーブを含めて考えれば、ビールから世界各地の食文化が透けて見える、とまで言っても言い過ぎにはならないだろう。
代表的銘柄
《フルーツビール》
今治街中麦酒・はれひめ Hazy IPA(愛媛県/IBC2021金賞*)
宮崎ひでじビール・九州CRAFT 金柑(宮崎県/JGBA2021金賞**)
宮崎ひでじビール・九州CRAFT 日向夏(宮崎県/JGBA2021銀賞**)
ニセコビール・ロゼ(北海道/JGBA2021銀賞**)
南信州ビール・ヤマソーホップ(長野県/JGBA2021銀賞**)
Hiroshima North Beer・はっさくビール(広島県/JGBA2021銀賞**)
ビアへるん・ラズベリーミルクスタウト(島根県/IBC2021銅賞*)
Okinawa Sango Beer・パッションフルーツ(沖縄県/JGBA2021銅賞**)
《フルーツ・ウィートビール》
Coronado Brewing Orange Ave Shandy(米国/IBC2021銀賞*)
Bell's Tropical Oberon Ale(米国/IBC2021銅賞*)
スプリングバレーブルワリー・Jazzberry(東京都/JGBA2021金賞**)
ハーヴェスト・ムーン・ふゆみ(千葉県/JGBA2021銀賞**)
《ベルジャンスタイル・フルーツビール》
NAMACHAん Brewing・シャインマスカットセゾン(東京都/JGBA2021金賞**)
NAMACHAん Brewing・ベリーホワイト(東京都/JGBA2021金賞**)
クラフトハート・瀬戸内レモンエイル(広島県/JGBA2021銀賞**)
OKD Kominka Brewing・Plum Ume Saison(愛知県/JGBA2021銅賞**)
今治街中麦酒・レモンホワイトエール(愛媛県/JGBA2021銅賞**)
《フィールドビール》
Maui Brewing Coconut Hiwa Porter(米国/IBC2021銅賞*)
江戸東京ビール・フルムーンラビット(東京都/JGBA2021金賞**)
尾道ビール・岩子島トマトヴァイツェン(広島県/IBC2021銀賞*)
大根島醸造所・安納芋ブラウンエール(島根県/JGBA2021銅賞**)
《ハーブおよびスパイスビール》
横須賀ビール・Yokosuka Forest Ginger(神奈川県/JGBA2021金賞**)
Craft Beer Base Brewing Lab・Golden 014 Lavender & Camomile(大阪府/JGBA2021金賞**)
京都麦酒・Lucky Cat(京都府/JGBA2021金賞**)
信州浪漫麦酒・七味唐からしビール(長野県/IBC2021銅賞*)
さかい河岸ブルワリー・さしま茶エール(茨城県/JGBA2021銅賞**)
いわて蔵ビール・山椒エール(岩手県)
田沢湖ビール・ドラゴンハーブヴァイス(秋田県)
* IBC: International Beer Cup
** JGBA: Japan Great Beer Awards
もうすぐ新しい年が明ける。この新年はお屠蘇ではなく、お近くのクラフトブルワリーが作るフルーツビールはハーブ・スパイスビールで迎えてみてもいいかもしれない。ぜひ、お試しあれ。
さらに知りたい方に…
さて,このようなビアスタイルについてもっとよく知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。(本記事のビール写真も同書からの転載である。)
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また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会の「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。会場で会いましょう。