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Episode 24: ビールの現在と未来〜ビアスタイルは生きている〜

さて、ビアスタイルに関する四方山話を書いてきたこの連載も今回で最終回。最後は、ビアスタイルの現在とこれからについて思いをはせてみよう。

ビアスタイルガイドラインに掲載されているスタイルは、伝統的に作られており、現在も多くの銘柄がリリースされているものもあれば、前回扱ったような歴史的なスタイルで最近になって復刻されたものもある。

さらには、醸造家のアイディアでこれまでになかった新しいスタイルが創出されたものもある。その逆で、他のスタイルに併合されたり、抹消されるスタイルもある。まさにビアスタイルは時代とともに常に変化を続けていると言えるのである。

今回は、近年になって新しくガイドラインに掲載されたスタイルをいくつか紹介し、ビアスタイルガイドラインの「今」を眺めてみることにしよう。

ジューシー or ヘイジーIPA

正式には「ジューシーまたはヘイジー・インディア・ペールエール」と呼ばれるスタイルである。これは以前にIPAの回でも触れたものである。近年、新しく創出されたビアスタイルとしては、爆発的に全世界に広がり、ファンの心も掴んだものであろう。ビアスタイルとしては2020年から追加された。

以前も述べたが、その最たる特徴は、小麦やオーツ麦などを原料とし、大量のホップを用いていること、さらに酵母の特性が原因で、見た目が極めて濁っていることである。

さらには「ジューシー」と呼ばれているように、ホップのフレッシュかつフルーティーな香りが鮮烈に感じられることや苦味が比較的弱いことも重要なキャラクターである。

2003年にバーモント州ウォーターベリーにある「ジ・アルケミスト」のジョン・キミッヒが作り出した "Heddy Topper" というビールが元祖であると言われている。

バーモント州は米国のニューイングランド地方にあるため、ニューイングランドIPAとも呼ばれている。

ただし、実はヘイジーIPAとニューイングランドIPAが同じかどうかという点は慎重に議論すべき問題であると考えられる。事実、2019 年に私が審査員として参加したオーストラリアの審査会(AIBA: Australian International Beer Awards)では、両者が異なるスタイルとして定義されていたのだ。

生まれて間もないこのスタイル自身も、まだ成長の過程にあるということなのかもしれない。

なお、同様のスタイルとして「ジューシーまたはヘイジー・ペールエール」「ジューシーまたはヘイジー・ストロング・ペールエール」「ジューシーまたはヘイジー・インペリアル・インディア・ペールエール」も定義されているが、これらの間の違いは、基本的には使用するホップの量やアルコール度数によるものである。

エマージングIPA

これも既にIPAの回で触れたものである。"emerging" とは「新たに出現した」とか「新興の」というような意味の英語であり、既存のスタイルに含まれない、新しいアイディアのもとに創出されたIPAの総称である。これも2020年に追加されたスタイルである。

以前も述べたとおり、上記のヘイジーIPAをベースにラクトース(乳糖)を加えたミルクシェイクIPAや、発酵度の高い酵母や糖を分解する酵素を用いて作られた辛口のブリュットIPA、小麦をベースにしたホワイトIPA、濃色麦芽を用いたブラウンIPA、さらにはフルーツやスパイスなどの副原料を用いたIPAもこのスタイルに該当する。

正式名称は「エマージング・インディア・ペールエール」であるが、米国の Brewers Association(BA)がこのスタイル名を用いたのは 2020年のワールド・ビア・カップの際だけで、その後は、Experimental IPA、すなわち「実験的な IPA」に名称が変更されている。

ちなみに、2020年のワールド・ビア・カップは新型コロナウイルス感染症の影響で中止になったため、実際にこのスタイル名で審査が行なわれることはなかったわけである。

日本のビアスタイル・ガイドラインは、BAが2年に一度開催しているワールド・ビア・カップ用に作成するガイドラインを基に作成されているため、2年ごとに更新され、現行のものは2020年バージョンである(今年2022年版が公表される予定である)。

そのため、現在でもこの名称「エマージングIPA」が使用されており、日本における審査会、International Beer Cup(IBC)や Japan Great Beer Awards(JGBA)では、実際に審査が行なわれている。

米国においてスタイル名が変更されたとおり、実験的に作られたIPAがここにカテゴライズされるのだとすると、今後、どのような新しいIPAが出現するのか、まったく予想がつかない。ちょっと怖いような楽しみにも感じられるような、そんなスタイルである。

インディア・ペールラガー

ホップを大量に使ったペールエールであるIPAに対し、同様にホップを大量に使った低温発酵のラガーが「インディア・ペールラガー(IPL)」である。これまた2020年からの新しいスタイルである。

IPA同様にホップのアロマと苦味が非常に強く感じられるのが特徴であり、それとバランスをとるようにモルトの甘みもある程度強化されて、アルコール度数も高めに設定されている。

ただし、ラガー特有の「スッキリ感」は重要である。IPAでは後味にモルトの甘味もある程度感じられる場合があるのに対し、IPLでは残糖感は控えめであくまでも後味はスッキリ、ドライであることが求められる。

7〜8年ほど前はあちこちのブルワリーで作っていたように思うが、最近はあまり見かけないような気がするのは気のせいだろうか。そういう意味も含めて、時代を反映するスタイルの一つかもしれない。

コーヒービール

続いては「コーヒービール」である。え?コーヒーを使ったビールなんて、昔っからあるんじゃないの?と思った方もいるだろう。あなたは正しい。

「コーヒービール」というスタイルは以前から存在していた。ところが、ワールド・ビア・カップや日本のスタイルガイドラインでは、2018年のエディションから、「コーヒービール」「コーヒースタウトまたはコーヒーポーター」という二つのスタイルに分離されたのである。

名前から明らかなように、コーヒースタウトコーヒーポーターは、スタウトやポーターなどの濃色のエールがベースになっている。濃色の麦芽からもコーヒーに似たロースト香が感じられる場合があるし、コーヒーと同様に黒い色をしたビールからコーヒーの香りがするのもリーズナブルなので、こういうビールってあるよね?と思うだろう。

では、現在の「コーヒービール」は?というと、要はベースのビアスタイルとしてポーターやスタウトが使われていないものはすべてこちらに分類されるというわけである。例えば、ピルスナーのような黄金色のラガーやIPA、酸味のあるサワーエールベースのものまで作られているのだ。

見た目と香りにギャップがあるので、混乱する人もいるかも知れないが、逆にそこが魅力であるとも言える。

コーヒーの世界でいわゆる「サードウェーブ」のコーヒーが注目を浴びるようになったのを反映して、浅煎りの豆を用いたり、農園や生産者を指定してシングルオリジンの豆を用いてビールを作ったり、地元のコーヒーロースターとコラボをしたり、など、醸造家のアイディアでその世界を広げつつあるスタイルであると言えよう。

ビールの世界でも単一の麦芽、単一のホップを用いるSMaSH(Single Malt and Single Hop)などと呼ばれるビールが作られるようになったこととも無関係ではないだろう。コーヒービールで使用するコーヒーも生産者を指定して、豆本来の香りを楽しむ、そんなビール作りが行なわれるようになってきたというわけである。

ノンアルコール・ビール

ノンアルなんて、味気ないよね、というなかれ。ノンアルコールや低アルコールのビールは世界各国でかつてから作られていたが、ビアスタイルとして追加されたのは実は最近のことである。

ワールド・ビア・カップ、並びに日本のガイドラインに追加されたのは2020年版からなのだ。大手のみならず、多くのクラフトブルワリーがアルコール度数が非常に低いビールを作り始め、審査会へのエントリーが増えたことが、スタイルへ追加された理由の一つだろう。

定義はきわめて明快で、ベースとなったビアスタイルの特徴を活かしつつ、アルコール度数が1.0%未満であること、である。

日本だと、大手がつくる淡色ラガーのノンアルコール版しか思い浮かばず、味気なく、これをビールと呼ぶのはちょっと....という方もいるのは確かだろう。

しかし、実際にはノンアル版のIPAやスタウト、さらにはフルーツやスパイスを使用したビールなんてものまで作られているのだ。

リモートワークが増えた状況下では、仕事の合間に…(ごにょごにょ)などと言った需要があるのか、ないのか、今後さらに発展するかも知れないビアスタイルかもしれない。

柚子ビール

最後は日本独自のビアスタイル、「柚子ビール」である。これも2020年から追加されたスタイルである。

日本と関連するビアスタイルとしては「酒イーストビール」「節税型発泡酒」「その他のビール風味アルコール飲料」というものも、かつてからガイドラインに掲載されていた。

このうち「酒イーストビール」は米国など海外のガイドラインでも採用されているもので、「発泡酒」「ビール風味アルコール飲料」は日本のガイドラインで独自に掲載しているものである。

さて、そこに「柚子ビール」が追加された。でも、「フルーツビール」ってスタイルがあったよね?その通り。柚子ビールはフルーツビールから派生したスタイルとして定義されたものである。

要は、フルーツビールのうち、柚子の皮、果肉、果汁、シロップ、粉末などが使用されたものを、新たに「柚子ビール」として独立させたというわけである。

その特徴としては、柚子のフルーティーで少しスパイシーな香り、果汁の酸味、皮由来の苦味などが、ベースとなったビアスタイルの麦芽またはホップ由来の特徴とうまく調和していることである。

柚子の原産地は日本ではなく、中国であり、韓国などでも栽培されているため、日本のみならず、韓国や台湾などのクラフトブルワリーでも柚子を使用したビールが作られている。

このスタイルが定義されているのは、現在ではまだ日本のみであるが、アジアで作られた柚子ビールが国際的に高い評価を受けることで、いずれは米国をはじめとする海外のガイドラインにも掲載される日が来てくれればなぁ、と個人的には夢見ている。

日本酒酵母を用いたビールがそうであったように…

ビアスタイルは生きている

以上、近年新しく定義されたビアスタイルのいくつかを紹介してきた。新しいビアスタイルは他にもあるし、前述した通り、他のスタイルに併合されたり、姿を消したビアスタイルもある。

そういう意味では、まさにビアスタイルは生き物であると言えよう。

醸造家のアイディアによって独創的なビールが作られ、それが新しいスタイルとなることもあるだろう。いやらしい話をすれば、審査会へのエントリー数が増えたことにより、分離独立するようなスタイルもなきにしもあらずである。

いずれにせよ、ビールの世界におけるトレンドを反映しているのは確かで、ビアスタイルはまさに時代を写す鏡と呼ぶにふさわしいということなのかもしれない。

日本では2年ごとに更新されるビアスタイル・ガイドライン。毎回、更新のたびに何らかの変化が与えられてきた。今年、公表される2022年エディションでは、どのような変化が見られるだろうか。

その変化に注目すれば、ビールの「今」が見えてくるに違いない。

代表的銘柄

《ジューシーまたはヘイジー・インディア・ペールエール》
  Sierra Nevada Hazy Little Thing(米国/IBC2021銅賞*)
  New Belgium Voodoo Ranger Juicy Haze(米国)
  伊勢角屋麦酒・Super Express DDH Hazy IPA(三重県/IBC2021金賞*)
  伊勢角屋麦酒・Neko Nihiki(三重県)
  Y. Market Brewing・Lupulin Nectar(愛知県/IBC2021銀賞*)
  OGA Brewing・国分寺ヘイジーIPA(東京都/IBC2021銀賞*)
  亀戸ビア・クラウディー香取(東京都/JGBA2021銀賞**)
  遠野麦酒ZUMONA・C58 239 Hazy IPA(岩手県/IBC2021銅賞*)
  J-Craft Hopping ジューシーIPA(静岡県/JGBA2021銅賞**)
 
《エマージング・インディア・ペールエール》
  Offshoot Shaken Milkshake IPA(米国)
  ヤッホーブルーイング・軽井沢ビール クラフトザウルス ブリュットIPA(長野県/JGBA2021銀賞**)
  スプリングバレーブルワリー・Daikanyama IPA(東京都/JGBA2021銀賞**)

《インディア・ペールラガー》
  スプリングバレーブルワリー・496(東京都/IBC2021銅賞* JGBA2021銀賞**)
  常陸野ネストビール・ラガー(茨城県)
  COEDO・伽羅(埼玉県)

《コーヒービール》
  Surly Brewing Coffee Bender(米国)
  Modern Times / Stone Wizards & Gargoyles(米国)
  横須賀ビール・Meriken Coffee Beer(神奈川県/IBC2021金賞* JGBA2021銀賞**)
  北アルプスブルワリー・Coffee PUNCH(長野県/IBC2020金賞*)
  Marca Brewing・Coffee Amber(大阪府/IBC2021銅賞*)

《ノンアルコール・ビール》
  Bravus Non-Alcoholic IPA(米国)
  Biere des Amis Blonde(ベルギー)
  To Øl Implosion(デンマーク)
  Omnipollo Reference Pale Ale(スウェーデン)
  ヤッホーブルーイング・ノンアルIPA(長野県/IBC2021金賞*)
  常陸野ネストビール・ノンエール・サケイーストエディション(茨城県/IBC2021銅賞*)
  揮八郎ビール・K's フレーバークリエイト(兵庫県/JGBA2021銅賞**)
  いわて蔵ビール/禁酒時代のヒール(岩手県)

《柚子ビール》
  Sunmai Honey Yuzu Lager(台湾/IBC2021金賞*)
  オクトワンブルーイング・ゆ・ゾン(群馬県/IBC2021金賞*)
  J-Craft Hopping・ゆずふわIPA(静岡県/JGBA2021金賞**)
  スプリングバレーブルワリー・daydream(東京都/JGBA2021金賞**)
  富士桜高原麦酒・ヘイジーゆずヴァイツェン(山梨県/JGBA2021金賞**)
  國乃長ビール・ゆずレモン(大阪府/IBC2021銀賞*)
  Gora Brewery・Midnight Saison(神奈川県/IBC2021銀賞*)
  Y. Market Brewing・Yellow Sky Pale Ale(愛知県/IBC2021銅賞*)
  宮崎ひでじビール・九州Craft 柚子(宮崎県/JGBA2021銅賞**)

* IBC: International Beer Cup
** JGBA: Japan Great Beer Awards  

山下達郎はかつて「歌は世につれるが、世は歌につれない」と語った。ビアスタイルにも同じようなことが言えるのではないだろうか?上で書いた通り、ビアスタイルはビールの世相を反映していると言える。ただし、ビールによって世界が変わるだろうか?そんな世界も見てみたい気はするが、それほど肩肘張らずに気軽に楽しめるビールであってほしいとも思うのだ。

さらに知りたい方に…

さて,このようなビアスタイルについてもっとよく知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。(本記事のビール写真も同書からの転載である。)

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また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。会場で会いましょう。

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