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Episode 10: バーレイワイン〜特別な日には特別な一杯を〜

12月に入って、私の住む東京も寒さがしみわたってくるようになってきた。こんな日は燗酒やホットワインなど、体を温めてくれるお酒を楽しみたくもなるものである。

ビールは暑いときにジョッキでガブガブ飲むもの、というイメージは、クラフトビールの普及とともに払拭されつつあるのではないかと思う。じっくりとビールの香りや味を楽しみながらグラスを傾ける、そんな楽しみ方をしている方も増えてきたのではないだろうか。

では、体を温めてくれるビールにはどんなものがあるのだろうか?そんな疑問に答えるために、今回から数回に渡り、アルコール度数が比較的高い、いわゆるハイアルコールビールを取り上げようと思う。

まず、今回はバーレイワイン(barley wine)である。直訳すれば「麦のワイン」。その名が示唆しているように、ぶどうのようなフルーツは使用されていない。正真正銘のビールである。ちなみに、広辞苑で「ワイン」を引いてみると、次のように書かれている。

ワイン【wine】葡萄酒(ぶどうしゅ)のこと。また、酒、特に洋酒の類を指した。

いきなり、葡萄酒、と言われても…、とか、「類を指した」って何で過去形なの?とか、いろいろ突っ込みどころは満載なのだが、バーレイワインもビールの一種である以上、酒、洋酒には違いないので、後半の記述はあながち外れていないとも言える。

では、バーレイワインとはどのようなビールか、見ていくことにしよう。

ワインなのにワインではない

上で述べたとおり、バーレイワインはその名に「ワイン」とあるものの、原料としてぶどうが使われているわけではない。ワイン酵母も一般に使われるわけではなく、いわゆるビール用の上面発酵酵母を使用して醸造されるエールである。

では、なぜワインという名がついているのか?それはアルコール度数がワインと同程度だからである。現在のビアスタイルガイドラインによれば、8%〜12%程度とされているし、実際にはそれよりも高い度数を誇る銘柄が作られたこともある。

前回のIPAのところでも書いたが、アルコール度数が高いということは、大量の麦芽を使って比重の高い麦汁を作り、できあがったビールにおける残留糖分の量も多いため、麦芽由来の甘みも十分に感じられる。一般的に12%程度のバーレイワインの仕込みには、ペールエールと比較すると2.5倍ないしはそれ以上の麦芽が使用される。

残留糖度が高いことで、口当たりはまったりとしており、ハチミツにも似たフレーバーを感じることもある。また、発酵によるフルーティーな香りもハッキリと感じられる。また、ブランデーやウイスキーを思わせるような強いアルコール風味もあわせ持つ。

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なお、通常は最低6ヶ月以上、一般的には1年以上の熟成の後に出荷されるため、木樽熟成による樽香、ポートワインやシェリー酒、ないしは紹興酒を思わせるような熟成香が感じられる場合もある。ものによっては20年以上の熟成をさせたものもある。

これだけ高いアルコールのビールを作るためには、酵母も活発に活動する必要がある。一般的には一次発酵の後に糖(プライミングシュガー)を添加したり、酵母をさらに加えたりして二次発酵が行なわれる。

英国では、酵母の働きを活性化させるために、木樽を転がしたり、樽に酸素を注入するようなことも行なわれていたようである。さらには、発酵度の高いワイン酵母やシャンパン酵母、ウイスキー用の酵母が用いられる場合もある。

名前の秘密

英国では古くから強いエールが作られてきた。11世紀頃には、例えば、ストックエール(stock ale)キーピングエール(keeping ale)などと呼ばれるエールが作られてきた。ストックもキープもいずれも保持する貯えるという意味の英語である。

また、ステイルエール(stale ale)という名称のビールも存在した。”stale” は現代の英語では、古いとか腐ったとかいう意味であるが、古い英語ではやはり「貯蔵する」という意味があった。したがって、これらはすべて長期保存、または長期熟成させて作られたビールにつけられた名前だったのである。

同じような名称のビールとしては、すでにこの連載でも扱ったドイツのラガー、あるいはフランスのビエール・ド・ギャルド(bières de garde)がある。ラガーは貯蔵するという意味の "lagern" が語源だし、フランス語の "garde" はキープするとかガードするというような意味である。

ヨークシャー地方ではスティンゴ(Stingo)と呼ばれるアルコール度数の高いエールが作られていたようである。ちなみにスティンゴという名称は、バーレイワインの銘柄名にも使われたことがある。

さて、バーレイワインという名前のビールがいつ頃から作られていたかは実は定かではない。その根拠もワインに対する敬意があったという説や、フランス産のワインへの対抗心があったという説もあるが、実のところ、よくわからない。記録としては1700年代にはバーレイワインという名称自体は使われていたようである。

しかし、ビールのブランド名としてバーレイワインという名称を使用したのは、1903年にリリースされたバートン・オン・トレントのバス社による「バス No.1 バーレイワイン」が最初であると考えられている。

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バーレイワインのバリエーション

現行のビアスタイルガイドラインでは、バーレイワインは「バーレイワイン・スタイル・エール」というスタイルで定義されており、そのサブスタイルとして、さらに「ブリティッシュスタイル・バーレイワイン・エール」「アメリカンスタイル・バーレイワイン・エール」に細分化されている。

ブリティッシュスタイルとアメリカンスタイルの違いは、ペールエールやIPAと同様、ホップのアロマや苦味の強さである。アメリカンスタイルの方がよりホップのアロマも苦味も強いものであるとされている。

IPAなどの場合は、ホップが主役のビールであるので、アメリカンスタイルは柑橘や松脂の香りがハッキリと感じられることが必須条件だが、バーレイワインはモルトやフルーティーなエステル、熟成香が主役であるべきビールであるため、いわゆるアメリカンホップの香りがあまり感じられなくても問題ないとされている。

なお、「バーレイワイン・スタイル・エール」という名称は米国ならではの呼び名である。バーレイワインをいわゆるブドウ酒と区別するために、あえて「エール」という名称を用いることが義務付けられているのである。

バーレイワインの主原料は大麦麦芽であるが、小麦麦芽を用いたものもある。これらはウィートワイン(wheat wine)、つまり、「小麦のワイン」と呼ばれる。米国のクラフトブルワリーによって創作されたスタイルのため、正式なスタイル名は「アメリカンスタイル・ウィートワイン・エール」と呼ばれている。

ウィートワインもバーレイワインと同様のハイアルコールビールであるが、いわゆる長期熟成による熟成香はあまり感じられず、度数やしっかりしたボディや甘みの割に、フレッシュでパンチの効いた味わいを楽しむことができるはずである。

長い夜の楽しみ

バーレイワインは、出荷前に1年以上熟成されるのが一般的であるということはすでに述べたが、もし手に入れることができたら、同じ年の同じ銘柄を2本手に入れることをお薦めしたい。ぜひ、1本はできるだけ早いうちに、もう1本は買った後、1年あるいは2年、場合によっては5年程度寝かせてみて、香りや味わいの変化を楽しんでみてほしい。

このような楽しみ方ができるのも、ワインという名にふさわしいのではないだろうか?すでにある程度熟成されているとは言え、若いうちは、ホップの香りもハッキリ感じられ、度数が高い割にはフレッシュなニュアンスが楽しめるはずである。

一方、数年の熟成を経たものは、より麦芽の風味や熟成香が強まり、角がとれて全体的に丸みを帯びた味わいが感じられるだろう。なお、長期保存する場合は、光や熱を避け、ワインのように横にするのではなく、ボトルを立てて保存するようにしよう。

ワインや日本酒と同じように、ビールをフードに合わせるペアリングを楽しんでおられる方もいらっしゃるかもしれない。日本地ビール協会では、単なるペアリングではなく、ビールと料理の両方を口に含むことで、ビール単体、料理単体では得られない第三のフレーバーが感じられるマリアージュ、を推奨している。

では、バーレイワインにとってのマリアージュとはどのようなものだろうか?一つはゴルゴンゾーラ、ロックフォール、スティルトンなどのブルーチーズを合わせてみよう。青カビの風味に隠れていた酸味やクリーミーな味わいがより強調されるとともに独特の強い塩味も和らいで感じられるだろう。

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また、トリュフチョコレートなどのスイーツに合わせるのも面白い。チョコレート単体では前面に出てこないカカオの苦味や、バーレイワイン自体が持つホップの風味がよりハッキリと感じられるようになるのではないだろうか?

マリアージュには、いくつかの基本的な考え方があるが、どんな組み合わせで楽しむかは自由である。ぜひ、いろいろなアイディアでバーレイワインの楽しみ方の幅を広げてみてはどうだろう?これまで気づかなかった無限の楽しみが広がるに違いない。

代表的銘柄

《ブリティッシュスタイル・バーレイワイン・エール》
  Fuller's Golden Pride(英国)
  穀町ビール・穀町エール10(宮城県/IBC2021金賞*)
  よなよなエール・ハレの日仙人(長野県/IBC2021銅賞*)
  ハーヴェスト・ムーン・バーリーワイン(千葉県)
 
《アメリカンスタイル・バーレイワイン・エール》
  Anchor Old Foghorn(米国)
  Sierra Nevada Bigfoot(米国)
  サンクトガーレン・el Diablo(神奈川県)

* IBC: International Beer Cup

特別な日にワインやシャンペンを開けるのもいいが、時には気分を変えてみようではないか。いつものビアグラスではなく、ワイングラスにバーレイワインを注ぎ、立ち上がるリッチな香りを確かめながら、ゆったりと長い夜を楽しんでみてはいかがだろうか?

さらに知りたい方に…

さて,このようなビアスタイルについてもっとよく知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。(本記事のビール写真も同書からの転載である。)

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また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。会場で会いましょう。

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