パラリンピック閉会式「What a wonderful world」の意味~奥野敦士・復活のストーリー
9月5日、国立競技場でおこなわれた東京2020パラリンピックの閉会式。クライマックスにルイ・アームストロングの名曲「What a wonderful world(この素晴らしき世界)」が披露されました。
冒頭、野太い歌声を披露したのがロックバンド、ROGUE(ローグ)のボーカリスト、奥野敦士さんでした。
この曲がパラリンピック閉会式で披露されたことは、奥野さんにとっても、奥野さんを支援してきた仲間や、奥野さんとROGUEを応援してきたファンにとっても感慨深いものでした。「いい曲だから」選ばれたのかもしれませんが、奥野さんにとって、特別な一曲なのです。
奥野さんは、2008年、不慮の事故により頸髄損傷の大怪我を負いました。肩から下の部分はすべて麻痺してしまい、首から上と、腕がかろうじて動く程度。大好きなギターを弾くことを奥野さんはあきめなければならず、ミュージシャンとしての絶望を味わいます。
一縷の望みは…
「まだ俺には歌がある」
ですが、現実は容赦なく、奥野さんのわずかな希望をも打ち砕きます。
事故直後の寝たきり状態から、体を起こせるようになり、腕を使うための辛いリハビリを始め、少しずつ元気を取り戻します。奥野さんはようやく「歌ってみようか」という気持ちになり、誰もいない屋上に行って、事故から初めてしっかりと声を出してみてがく然とします。
「腹式呼吸が出来ない。ノドだけで頑張って出しても、声はか細く、すぐ息切れしてしまう。
この体では歌うことも出来ない………」
(奥野敦士著「終わりのない歌」双葉社)
肩から下の感覚を失ってしまったため、腹筋や横隔膜が使えず、以前のような声が出せなくなってしまったのです。
それでも、奥野さんはあきらめません。「この体で声を出す方法」を考えて、自分なりの方法を編み出して、ついに一曲、歌い切ることに成功します。
その時に選んだ曲が「What a wonderful world(この素晴らしき世界)」なのです。
こちらが実際に復活の第一歩を記した時の歌声です。
リハビリテーションの時間に、病院の娯楽室にあったカラオケで歌ったもので、撮影しているのは奥野さんのリハビリを担当する作業療法士さんです。
のちに、この動画を見たミスターチルドレンの桜井和寿さんから「AP bank fesで共演してください」というオファーが届き、当時、奥野さんが暮らしていた群馬県の福祉施設に桜井さんが訪ねてきます。
この時は「ありがたいし、出たいんだけど……」と奥野さんはオファーを断ります。
まだ何曲も歌い切れる体力がないことと、事故の後遺症で汗をかいて体温を下げることが出来ないため「真夏のフェスのステージは厳しい」という判断でした。
奥野さんは動画による出演となり、桜井さんとBank BandがROGUEの代表曲「終わりのない歌」(作詞・作曲 奥野敦士)を演奏しました。
ここから話は一気に動き出して、まさかのROGUE再結成へ。そして、群馬県で毎年開催されているチャリティー音楽フェス「GBGB」がスタートして、トリには復活したROGUE登場となるのです。
「GBGB」はコロナ禍で2年間開催できませんでしたが、2022年6月18日&19日に開催が決定しました!
奥野さんを支援する人たちが「パラリンピックで奥野さんに国歌を歌わせたい」と声をあげていたことは知っていましたが、まさか閉会式での「What a wonderful world」という形で結実するとは。
すべては、不慮の事故で体の自由を奪われて、大変な苦労を重ねながらも、決してあきらめることなく「世界は美しいんだ」と歌い続けた奥野さんと、力強く支え続けたROGUEのメンバーとGBGBスタッフ、そして熱心に応援してきたファンの力によるものです。
2012年に発売された「終わりのない歌」(双葉社)は、奥野さんと一緒に、ROGUEの香川さん、西山さん、竜さん、奥野さんの幼なじみドン・カルロスさんの協力を得て、作り上げた一冊です。
奥野敦士さんの、ROGUEの成功で掴んだ栄光と苦闘(群馬の偉大な先輩BOØWYと、凄まじい勢いで駆け上がる後輩BUCK-TICKに挟まれて……)、ソロになってからの活躍と苦悩、そして不慮の事故で絶望の淵に落とされながらも、いろんな人に励まされ、支えられて復活を遂げるまでの「挫折と再生」のストーリーをぜひこの機会に読んでください。