徹夜明けにアイスクリーム 2
嬉しそうに目を輝かせる里井の表情は、まるでマグロを目の前にした猫さながら。なんだろう?この正体不明の好奇心。でも、こういった何にでも興味というか首を突っ込みたくなるところは嫌いじゃない。とはいえ老婆心ながら気になったんで聞いてみた。
「あなたねぇ、お時間は?」
「全然大丈夫ッス、今日徹夜明けでOFFなんですよぉ、もうパンツも換えてないんですからぁ」
後悔した。デリカシーという言葉は、遙か昔に日本女性の中から消えてしまったようだ。アメリカ産にこだわる牛丼屋の立場になれば実に力強い世代の登場だろう。リストラにおびえるおじさんには天使の囁きに聞こえるかもしれない。ただ、それを真に受けて、行動に移すとなると別だ。責任は負えない。地雷にも正しい踏み方があるという哲学的な難問を極めようという気なら別だが。俺なら絶対に、動作不良のメリーゴーラウンドに載ろうとは思わない。
柄にもなく世代感覚の差についての考察をまとめている間に。事態は、次のシーンへと移行していた。三波との会話に落胆の様子を見せていたホームレスは、ポケットから携帯電話を取り出し三波に手渡した。
ホームレスの落胆ってなんだ!
「この間出たFOMAの新型ですよ、あれSHARPの」若い子は目がいい。
「確かに携帯電話の販売業者には見えないな」我ながら間抜けな受け答え。今時、こんなリアクションじゃ、キャバクラに足を踏みいれる価値もない。
ホームレスが親指で鼻の下を拭うようなポーズを見せた。なんだ?鼻がむずむずするような既視感があった。
何時だ、どこで?
確かに覚えてる、違和感の正体。
だがそこまでだった。ネットの検索以上に、記憶の検索が難しいとは思えないが、俺の検索エンジンはグーグルほどの性能はないらしい。年齢のせいだという奴もいるが、多分違う…と思いたい。
ホームレスは、トリオに背を向けこちらに向けて歩いてきた。 本当に超然としてるよ、こいつ。
このままボケッと見逃すほど寝ぼけてはいない。面倒を嫌うほど好奇心の衰えを嘆いているわけでもない。
基本、俺は若者でも、よそ者でもない、だけどバカものという評価なら喜んで受ける、そういうジャンルの人間だ。里井も疑問を明日まで熟成させて、悩むような性格ではないだろう。
「スイマセーン、チョットイーデスカ」下手な、そして懐かしいモルモン教のファーザーを真似たセリフが口をついた。痩身長躯、強い眼。やっぱり知っている。ムズムズが鼻から目まで移動した。この分だと、後もう少しで脳の記憶部位まで移動してくれるだろう。老人性健忘症が進行していなければの話だが。
「ちょっとお話させていただいてもいいかな」テレビ朝日のドラマに住む女主人公のように続けた。
「幾らだ」
「ハッ??」意表をついてくれる。とまどっている俺に代わって歯切れの良いアルトが響いた。
「1時間1,150円とフレッシュネスバーガーのサルサ、ドリンクもセットでドースカ。誕生日なんだ今日、私の。それでOKにしてくれない」こういうときの里井は、俺が舌を巻くほど反応がいい。30歳ほど若かったら、コイツを相方にしてマンザイデビューしたいくらいだ。