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期間限定の探偵と7月のアイスクリーム2

「それでは、詳しいお話を承りましょうか」
井川氏の持ち込んだ案件、つまりオレの探偵(仮)としての
3番目の仕事はとても奇妙なものだった。

今回の調査対象は、井川氏の義兄、布田昭典という人物だ。
年齢は28歳。都内の信用金庫にお勤めで独身ということだ。

「ちょっと待った、28歳であんた、いや井川さんのお義兄さん。
ということは奥さんは…」
意外性ってのはこういうときに使う言葉なんだろうな。
まったく人畜無害な顔をして。やるもんだ。

井川氏は照れる素振りも見せずにこういった。
「妻は教え子なんです。教師をしていた時代の」
世の中はまだまだ解明されていない謎に満ちている。
デジタルの時代にロマンがないなんてのはやっぱり嘘だな。
その証拠がオレの目の前にいる。

それにしてもなんて複雑な間柄なんだろう。
別世界級の異父兄弟に、10歳も年下の義兄、
井川氏を巡るネットワークと来たら。

「その昭典さんなんですが、先日ある事態に巻き込まれまして・・・」
井川氏の話はあちらへ飛びこちらへ移ったりとなかなか要領を得なかった。さほど根気のある方ではないオレにしてはよく我慢したものだと思う。
もしかしていちばん大切な部分を
カモフラージュしようとでもしているのだろうか。
だとしたら厄介なことになりそうだ。

通常は質問を繰り返して相手の真意を探ろうというのだろうが、
オレのやり方は普通とは違っているらしい。
とにかく、相手に話させろがテーマだ。
だれに習った訳では無いが、これが意外にクライアントの
本当ののぞみを知るには良い手段なのだ。
ほら、昔からよくいうだろ「話し上手は聞き上手」ってね。

さて、その奥義を駆使した結果だが、
要約すると事態の経緯と依頼の真意は次のようなものだった。
昭典氏の務める信用金庫の店舗は某私鉄沿線の駅前にある。
大手の会社との取引が主流の都市銀行とは違い、
信用金庫や信用組合は地域密着型の金融機関だ。
当然、地元の商店とのコミュニケーションは
大切な営業活動の一環といっていいだろう。

その地域との付き合いの中には土地や事業に関する相談も少なくない。
どちらも金に関係する話だけに信金にとっては
ビジネスチャンスともいえるだろう。
最近、話題の事業継承問題もそのひとつだ。
すんなりと世代交代が進めば問題はないのだが、
そういったケースばかりではない。
親と子の意見が食い違っていたり、後継者そのものが見つからなかったり。
昭典氏が関わることになったのも
そんなありふれた案件だったはずなのだが…。

上司でも、法律関係の士業の方々でも、
もちろん警察やアンタッチャブルな稼業の面々でもなく。
なぜかオレのような人間に話を持ち込む羽目になったという現実。
〝人間一歩先は闇〟なんて昔の人は言ったそうだが、
今でも通用するどころか、今の社会では秒単位で次から
次へと闇とか、決断を迫られる機会がやってくる状況だ。
まったく、困ったものだ。

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