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ワン トゥー フォー sec1

その日は、オレの34歳の誕生日の一ヶ月と11日前だった。それが疲れた中年の入り口だなんて口が裂けてもいえない。
「ごめんなさい。せっかくだけどピザはだめなんです」
なんてこった14インチ、それもペパロニに、チーズも増量したっていうのに。

「どういう仕打ちだよ。それって」おかしいな以前は好きだったはずだ。なにか信仰上のタブーででもあるのだろうか。ナンやピンは天使の食べ物で、ピザは悪魔のとか。いっそ言ってみようと思ったが、受けそうもないのはわかっていたのでやめにした。たぶん、こう言われるだろう。『面白そうなお話ですが、その話題はいつか時間があるときに』ってね。そしてその時間があるときは、永遠に訪れないということもよくわかっていた。

「うれしいですよ、お気持ちだけでどうか。そんな返事じゃダメでしょうか」
まったく誰にでも礼儀正しいヤツだ。相手が俺だってのにね。
「まぁいいさ。飯が目的ってわけじゃないしね。これは俺がいただこう。そっちも好きなものを注文してくれ。そっちの払いで」

「じゃ中国粥に油條で」
「どこの国のフードコートだか」
「知ってる。目の前のピザだってこの店のじゃないし。その程度のわがままが通るくらいは甘やかされてるよね」

増子の口調が少しだけくだけたものになった。微笑むようなその表情は魅力的という形容がよく似合う。まったくこいつとなぜ敵対しなけりゃいけないんだろう。自分の仕事や立場が少しだけ恨めしく思えてきた。

「で、話はやっぱり仕事のことになるんだろうな」
「今回はちょっと違います。ウチから協会さんへの依頼だとご理解いただいてもよろしいかと」
「依頼ってそっちからウチへ?」

そのまんまおうむ返し。まったく工夫とか、機転の効いた会話ってものと縁がないのかね、オレってやつは。

「どういうこと。まさか正式なそれってわけじゃないんだろ」
「さすがにそれはありません。ですがこの案件については上層部の意向が強く働いているということはご承知おきください」
「幹部会?」
増子は答える代わりに上を指差した。

「社長…のわけはないか?まさか…」
今度は驚く俺を憐れむようにゆっくりと頷いた。
まったくそういうことか。
「お互いの平和と安息の日々のためにも断るという選択肢は許されないようだな。順を追って詳細を説明してくれ。メモや録音はまずいんだろ」
「相手があなたでよかった」
言葉だけでなく芯からほっとしているようだ。それだけデリケート、いやいっそ剣呑なケースというわけか。

「なんと言ったらいいんでしょうね。あぁ見えてというか、あのような方ですから、殊の外可愛いものがお好きでして。中でもパトリシアちゃんへの溺愛ぶりといったら…」
「悪いがちょっと待ってくれ。まさかオレに行方不明の犬っころを探せなんて」

「犬ではありません。パトリシアちゃんです。それに行方不明でもありません。なによりいちばん大切な事実ですが、パトリシアちゃんはノルウェイ・ジャン・フォレスト。生物学的にはネコと呼ばれる存在です」

「猫探しならペット探偵とやらを呼んだほうが早いだろ。なぜオレに?」
いやそれどころか、連盟ほどの組織力があればネコの一匹や二匹どうにでもなりそうなもんだ。

「私どもと協会さんは、過去にこそ悲しい歴史や誤解がありましたが、近年は友好いえ協力関係にさえあると解釈しております」

まぁそこのあたりは、オレにも異存がない。それにしても国立大学、しかも旧帝国大学系のエリートってみんなこいつみたいに持って回ったような話し方をするのかね。違うだろ、ウンそうだ。目の前にいるのがレアケースなんだ。

「ですが、別の団体の中には私どもを快く思っていない方々もいらっしゃるようでして」
「そういう話?あるね確かにそんな話も。クライアント筋からも流れてくるな」
「あなたのクライアント?」

本気で驚いてるような口ぶりだ。そこまで人気がないとは自分でも気がつかなかった。
「そのクライアントというか、なんというか。とにかくデリケートな部分にはお互い干渉しないようにしよう。それが友情を長続きさせるコツだ」
増子の表情が一変した。

「あんたって人はホントに!3年も経つのに何も変わってない!このろくでなし!」

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