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ワン トゥー フォー sec3

3丁目の午後はひたすら平和だ。お隣の1丁目では商社マンと某国大使館員が危険薬物に関する情報をやり取りしているし、5丁目では区議会議員とIT企業のCFOが何やら怪しい儲け話を進めている。

通りを挟んだ上山地区では某私立名門校関係者とセレブな御婦人が謎の封筒を受け渡したり。なにかと活発な交流が進むわが町、皿糸町界隈。それにしてもこういうことって、最近じゃlineで情報を交換したり、暗号通貨とか使うんじゃなったのかな。やっぱり取引はダイレクトっていうのが定石なんかい。

それに比べて、3丁目では本日も30年前から変わらぬ退屈な日常が進行中だ。八百屋はくり抜いた大根の中にusbなど仕込まないし。床屋はカミソリの切れ味を客ののどで確認することもしない。

といって1丁目や5丁目、それどころかもっとあぶない2丁目に住む九州北部エリアの連中や4丁目の中近東、極東ヨーロッパ、某共産系大使館員などを3丁目では見ないと言ってるわけじゃない。それではなぜそのほとんどが事故として処理される不幸な出来事が起こらないのか。

理由がある。この永世中立国並みの平和に貢献しているのが、増子の属する団体の会長と、我らがグループの先代様だ。そう最も危険な2組織がヘッドクォーターを構えているのがこの3丁目なのだ。そりゃあどちら様も目立った動きは自粛するってものだ。

それはともかく問題はパトリシアちゃんだ。知っている人なら、ああ坂下かで済ませるだろうが、3丁目といえば誰もが認める山の手の中の下町。そのイメージを体現するように路地裏やらなにやらわからない通りが重なりあい、一歩中に入ると迷路のような家並みがあらわれる。

差別用語のそしりを承知でいわせてもらえばお屋敷町に囲まれた町工場と工員のマチだ。こんな町並みに似合う動物といえば。そう猫だ。

人間と同じようにネコにもネコなりのコミュニティ、いや非合法組織体、通称NNNがある。NNNとはネコネコネットワークの略ということだ。もっともネコ好きを自認する知人に聞いた話だから、真実とは言い難いのかもしれないが、あっても不思議はない。少なくともオレはそう思っている。

なぜかって、その理由はネコがテリトリーを大切にする動物だってことさ。それぞれが暗黙のうちにテリトリーを守り、均衡を保っているコミュニティに異分子が投入されるとどうなる。当然そこに緊張が生まれる。その前提に立って考えてみると、パトリシアちゃん探しはなかなかの難題だ。

せめてもの救いは特徴のある猫種という一点だ、なにしろノルウェイジャンフォレストといえば、猫の世界では群を抜く巨猫。その大きさはメインクーンやラグドールに並ぶ猫界の大巨人だ。雄の場合で体高60cm、体重は7kgにも成長する。

群れの意識が強い犬と違って猫は単独行動が基本だ。他猫の縄張りに侵入したとしても普通の猫ではパトリシアちゃんの敵ではないだろう。相手が野良犬の場合でも多分大丈夫。犬の武器はその牙、噛みつき攻撃が主体となるが、猫の場合は牙プラス爪というダブル・インパクトでいける。ましてや3丁目じゃなくても、今どき野良犬なんて都会じゃめったに見つからない。

グレートデンやジャーマンシェパードクラスの野良犬となるともうありえないケースだ。いまあげた条件に身体能力を加味した結果、彼女は無事なはずだ。

というわけで、当面のところ、パトリシアちゃんの天敵といえば、そうだな人間ってところかな。

どちらにしろ簡単な仕事というわけには行かないだろう。とりあえず今日は早めに寝ることにしよう。明日は朝が早いからな。オレは捜索の手始めとして、ベニスの水路のように小道が入り組んだ3丁目の地図を改めて頭に叩き込んだ。直観像素質者ってほどじゃないが、これでも記憶力には自信がある。2分も地図に目を通せば全体像はバッチリだ。

もっとも変化の少ない3丁目とはいっても、最近の地価高騰を考えるまでもなくそれなりに小さな開発は進んでいる。いくら慣れ親しんだマチとはいっても、そこらあたりも調べておくべきなんだろうが、悪いね怠け者なんだ。

もちろん立体的な街の構造にも留意してはいる。なんといっても相手は人間の身体能力をはるかに上回る存在だ。簡単に確保というわけにはいかないだろう。

チュールに、カニカマ、ジャーキーと有力と思われるツールも用意した。捕獲用の最終兵器、マタタビもあるに越したことはないだろうが、とりあえずなんとかなるだろう。

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