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外部法律事務所のコスト管理について
組織内での法務を担うインハウスロイヤーだが、リーガルプラクティス以前に、組織の一員としての仕事の基本となるリソース管理から逃れることはできない。ここで、インハウスロイヤーが管理する主なリソースは、①時間、②金、③人である。今回は、②金について述べたい。
外部法律事務所のコスト管理は法務部の仕事である
法務部が管理するリソース、金であるが、これは法務部の場合、主に外部法律事務所に支払うフィーのコスト管理のことを意味する。会社によっては、法務部のミッションに明確に外部コストの削減が挙げられ、毎年の目標管理の一項目にもなることもある。しかしそのような明示のミッション、目標がなくても、インハウスロイヤーはぜひ外部法律事務所のコスト削減に積極的に取り組みたい。考えてもみよう、プロフィットを生み出すことを使命とする事業部から見れば、インハウスロイヤーがいるのに、なぜ外部法律事務所にさらに高いフィーを払わなければならないのか、疑問に思うのは当然だ。事業部からリスペクトされ、事業部に対するコントロールが効く法務部を目指すには、まず、彼らの要望を理解し、叶える努力をする必要がある。
絶対にNGなこと
ここで本題に入る前に、絶対にNGなことを記載しておこう。まず、不必要なレビュー、法律意見書、アドバイスなどに1円たりともコストを費やしてはならない。外部法律事務所の意見はお守りではない。何でもとっておけば安心、などというメンタリティは論外である。法律問題についてはまず、インハウスロイヤーが考え抜き、外部法律事務所の使用の要否、必要な場合はそのスコープを明確かつ最小限に策定すべきだ。不明確な問いを外部法律事務所に持っていけば、不明確な意見に不合理に高額なコストを支払うことになるのは当然である。また、そもそも不要な法律意見書に不合理に高いコストを費やすべきであるなどと主張して、事業部と対立するなど愚の骨頂だ。そんなことをしていると、法務部は事業部の信頼を失い、いざというときのコントロールを失ってしまうことになる。
コスト管理の技術的方法
言うまでもなく、①相見積もり、②一定割合のディスカウント、③キャップはコスト削減の技術的方法の主要なものである。①は説明を要しないだろう。②は主に、大型案件などで、フィーが一定金額に達した場合、あるいは継続して同じ法律事務所を使用し、一定期間に一定金額に達した場合、その後は一定の割合でのディスカウントをするアレンジである。③は、一定の上限を合意しておき、それ以上は実際に稼働が発生しても請求しないアレンジである。
この他にも色々ある。例えば、具体的な案件のフィーとして考えている金額が企業側にあれば、見積もり段階でまず指値してしまう方法だ。状況にもよるが、見積もり段階で、さらっと「いやあ、最近は色々厳しくてですね、●円だったら内部の承認がスムーズに取れそうなんですけどね」などとやってしまうのが一案である。
また、案件の初期段階の無料相談のアレンジがある。外部法律事務所にとっても、良い案件を早期段階から発掘して取り組みたいという意向がある場合もあり、日常から様々な先と関係を構築し、初期段階から気兼ねなく話を持ち込めるようにしておくことが考えられる。
クオリティコントロールについて
もちろん外部法律事務所のコストは安ければいいというものではない。当然個別の案件に相応しいクオリティを備えている必要がある。この点担当の分野で相応の実務経験を積んだインハウスロイヤーであれば、当然外部法律事務所の成果物のクオリティを評価する技量は十分持ち合わせているはずだ。ぜひ成果物を野党的視点で見て、前提事実が合っているか、不合理な留保がないか、成果物が自社のニーズに合っているか、その他突っ込みどころはないかなど、十分検討する必要がある。
大手法律事務所を使っていればいいのか
少し前までは、大手法律事務所を使っていれば安心、などという安易な考え方も散見されたが、大手からの独立が相次ぐなどの現在のマーケット環境ではそれは必ずしも妥当しない。リスク転嫁の必要性、想定コスト、案件の難易度などに応じて、案件ごとに最適な事務所を選ぶ姿勢が必要である。
インハウスロイヤーの業務
少し話題が逸れるが、こう考えてくるとインハウスロイヤーの業務の一つの柱はコーディネーション業務だ。このためインハウスロイヤーの業務は、弁護士として自ら法律的意見を述べたり、アドバイスしたりすることに徹したいという弁護士には必ずしも向かない側面があることを注記しておきたい。
アホだと思われることを恐れないー会社の利益を守れるのはインハウスロイヤーだ
最後に、外部法律事務所と交渉するとき、アホだと思われることを決して恐れてはならない。自社のニーズや内部の状況を知っているのは他の誰でもない、インハウスロイヤーだ。自社の利益を守れるのは、外部法律事務所ではない、他ならぬインハウスロイヤーだ。堂々と自社のニーズを伝え、交渉していこう。
【後日追記(2021/10/2)】投稿後に思い出したが、外部法律事務所のコスト管理の技術的方法としては、上記に挙げたような事前の方法の他、外部法律事務所の作業完了後の事後的手段もある。これは、請求書に作業内容とかかった時間の詳細を明記した資料(以下「Breakdown」という。)を添付してもらい、その内容を精査し、不要な作業にチャージされていないか、また、必要な作業であっても時間がかかりすぎてチャージ金額が高くなりすぎていないかを検討し、疑わしい項目がある場合、外部法律事務所に対し再検討や場合によっては該当項目に係る請求額の減額等をリクエストすることである。企業によってはそうした作業が内規上義務付けられたり慣行として行われているところもあると思われるが、言うまでもなく依頼者側にとってもそのようなチェックが煩瑣である事は自明であるし、また、依頼者側でもどこまでチャージ金額の相当性を判断し説得的にこれを外部法律事務所に対し交渉できるか難しい部分もあり、良好なリレーションの維持も考えれば、これをどこまで厳密に行うかは慎重に検討する必要がある。また、そもそも、上記の事前コントロール手段としてのキャップのアレンジメントや、指値方式を採る場合のように、事前の外部法律事務所との握りによっては、このような事後的コントロール手段に頼る必要がない場合も出てくる。さらに、このような事後的コントロール手段に馴染むプラクティスを全ての外部法律事務所がしているかというとそうでもない。この点一般的な傾向としては、欧米の法律事務所は、何も請求されなくても非常に詳細なBreakdownを請求書に添付して送ってくることが多い。その内容の詳細さたるや凄まじく、電話会議であれば出席者全員の氏名の記載や議題の詳細な記載がなされていたり、契約書のレビューであれば依頼者のどの従業員の依頼で、どの部分についてレビューしたかなど、継続案件で何度も同じ契約を見る場合であっても、どの段階のどのレビューかが分かるように記載されている。他方、日本の外部法律事務所は、Breakdownを請求されないと送ってこなかったり、送ってきてもその内容が非常に雑駁なものだったりすることが多い。言うまでもなく事後的にその内容の追記を求めることは、外部法律事務所に非常な煩瑣を強いることになるため、もし特に日本の外部法律事務所に依頼する場合で、Breakdownによる事後的コストコントロールをすることが想定されるのであれば、案件開始時に社内手続上Breakdownが必要であること、また、そこにどの程度の記載をすべきであるのかについて、明確な期待値を示して握っておくことが必要である。