見出し画像

外資系の人事制度について

最近「ジョブ型雇用」「メンバーシップ型雇用」という言葉をよく見かけるようになった。前者は外資系企業で採用されているような、ポジションに人がつく人事制度で、job descriptionを前提にするものを意味し、後者は日本企業が長らく採用してきた明確なポジションを前提とせずに従業員を採用し、ジョブローテーションなどの異動も伴う制度を意味するようである。そして、後者が人件費高騰につながるとか、今後維持できないことが見込まれる終身雇用制度と親和性が高いとか、コロナ禍においてテレワークに支障を来すからなどという理由で、前者への転換が模索されているようである。

そもそも、欧米の企業の人事制度が「ポジションに人がつく制度」であることはその通りだし、各ポジションについてjob descriptionが存在するのもその通りだが、上記のジョブ型転換への議論は欧米の企業の人事制度の根本的な考え方を理解していないまま行われているように見える。

欧米の企業の人事制度は、そもそも、「人事制度は、優秀な人材を惹きつけ、維持するためのツールである」という考え方をベースにしている。このため、企業はコンサルティング会社の給与サーベイプロジェクトに参加し、自らどういったポジションにどの程度の賃金を支払っているかというデータを提供したり、競合他社を含むマーケットのデータを購入している。このデータを見ながら、データ上の市場のポジションと、自社の各部門の各ポジションとをマッチングさせ、どのポジションにどの程度の賃金を支払うかのレンジを設定する専門職が人事部に存在する。言うまでもなく、優秀な人材を惹きつけるには、競合他社と遜色ない水準の報酬(market competitive compensationと呼ばれる)を支払わなければ、人材獲得合戦に勝利することなどおぼつかないからだ。

ところが日本のメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への転換の議論で叫ばれているのは「コスト削減」とか「終身雇用の終焉」であり、そもそも他社との人材獲得競争に打ち勝とうなどいう観点は微塵も考慮されていないように見える。また、「ジョブ型」ではjob description以外の職務をさせてはいけないから、job descriptionに水も漏らさぬ記載が必要であるやの議論も散見されるが、これも間違いだ。例えば、外資系企業で「Head of Japan Legal」のポジションがあったとする。これは、明らかに日本の法務部全体の総合的なマネジメントを含めた、会社の法務一切を取り仕切るポジションであることは明確であって、job descriptionの記載の具体的な各項目は例示的な意味しか持たない。ここで、「いえ、これはjob descriptionに書いてませんのでやりません」などと言って、会社の法務に関する業務を拒否する者などもしいれば、そのような者はローカルの関係部署や海外の上司からの厳しい批判にさらされ、人事評価にも影響することは間違いない。

こうした外資系の人事制度が前提にするのは、雇用市場における「人の流れ」である。人は高い報酬に向けて流れていくはずだ、という経済的に合理的な行動を取る人間像を前提に、一つのポジションで経験を積んだら、その経験を生かしてさらに高い報酬が約束されるポジションに移ってさらに高いレベルの業務で経験を積んでいく、という流動的な市場である。もちろんそのような市場が前提にするのは、常に自らのCVを魅力的なものにしていくため、よりチャレンジングな経験を積んだり、知識を高めたりと努力を惜しまない人々の姿だ。

日本はまず、「ジョブ型」「メンバーシップ型」という形式的な制度論の前に、market competitive compensationの考え方を正しく理解することが必要である。そうでなければ、「ジョブ型」も、かつて1990年代に流行した「成果主義」のように、企業の人件費削減のための錦の御旗として利用されて終わるだけであろう。


いいなと思ったら応援しよう!