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ゼロイチの法務

筆者の身の回りの出来事ではないが、最近は未経験分野の業務を躊躇するインハウスロイヤーがいるやに聞く。もちろんその気持ちはわからなくない。未経験分野をやろうとすると勉強も必要になるし、失敗して恥ずかしい思いをするかもしれない。しかし彼、彼女は新人のころ「やったことありません」などと業務を拒んだりしただろうか。決してそんなことはないはずだ。

筆者はインハウスロイヤーとして外資系企業を渡り歩いてきたが、前任者のやっていた案件についての資料をもらい受け、その説明を受けることを「引き継ぎ」と呼ぶのだとすれば、転職に際して引き継ぎらしい引き継ぎというものを受けたことがない。そもそも外資系企業では前任者が去ってからある程度時間が経過してから後任者が採用されることも多く、バックグラウンドチェックなどの手続に要する時間も加味すれば後任者の実際の入社までかなりの時間が経過する。よって現実的に「引き継ぎ」が行われることを期待できる場合の方が少ない。しかし、法務という業務は、「言葉」に大きく依存する法律を扱う。そうであれば、従前作成された業務関連の書面に記載された「言葉」を拾うことさえできれば、当該分野やプラクティスの経験がなくてもある程度のキャッチアップは可能である。現在は特に、筆者が弁護士登録をした約20年前とは比べものにならないほど、インターネット上には法令やソフトローが集約され、書店に行けば一流の学者の先生方や実務家が記した基本書や実務書が山積みになっている。また、外部法律事務所の無償セミナーも数多く開催され、情報の取得には何ら事欠かない状況である。この意味において、既存のポジションにつくインハウスロイヤーが、入社に際して、「ゼロイチ」で何かを始めなければならない状況というのは限定的であると考えてよいであろう。

他方、世の中を見渡せば最近は特に新興企業等において「ひとり法務」として一人で法務部を立ち上げ、見事に運営されている方々もおられると聞く。こうした方々は必ずしも法曹有資格者ではない。また、テクノロジーの発展により、業界によっては常に新しい事項を扱わなければならず、勉強が欠かせない。筆者も一度、外資系FinTech企業の海外オフィスの方と話す機会があったが、常に勉強に追われているとのことで、「どうしたら常に新しい分野をキャッチアップしていけるのか。何か効果的な勉強方法はないか。」などと真剣な様子でアドバイスを求められたほどだ。さらに近年ではサステナビリティ、人権、ルールメイキング、地政学リスクなど企業を取り巻く新たな問題が認識されており、それらについて知識を得る努力がなければ、社内のどの部署がこれらを扱うことが適切かつ効率的であるのかについての議論に加わることすらできない。「ゼロイチ」は変化のスピードが速い現代社会において、回避しがたい。

外資系のグローバル企業においてはかつて、海外進出に際し各国の法規制や腐敗状況を含む現地情勢の中、どのようにビジネスを展開するのが適切かつ効率的なのかを探求する試みの中で、GCやCLOといったグローバルレベルでの法務部門の統括責任者が、レポーティングラインを通じて各国のGCを統括するシステムが形成されてきた。つまり、「ゼロイチ」を世界各国でやろうとするその過程の中で、インハウスロイヤー達が国境を超えてレポーティングラインでつながり、常に指導・報告の情報のやりとりを繰り返すことでビジネス発展に貢献してきた。そこには「ビジネスをサポートする人々のつながり、組織」があるのであって、各国の現地法人形態とは直接リンクしない。展開するビジネスによっては、各国規制上、一定の法人形態を採る法人格の分離を強制される場合があるが、当該国において当該ビジネスに張り付くGCがいる以上、当該人物が当該法人を担当することになるに過ぎず、また、組織形態としては基本的には他部門においても同様のことがいえ、基本的には現地での法人格のあり方自体は意思決定過程には特段の影響を与えない。この観点からは、2019年の経済産業省によるグループガイドラインのいう、法人格の分離により意思決定プロセスが影響を受けるやの記載は、今ひとつ腑に落ちない。おそらくそこでは、上記のような機能別レポーティングラインによるコントロールとは別のシステムが前提になっているということなのであろうが、ここで深入りするのはやめておこう。

話が若干逸れたが元に戻そう。「ゼロイチ」あるいはそれに近い状況で情報が限定的なところに飛び込みキャッチアップしていくことは、新たな知見を得て成長するということでもあり、個人的には面白いことであると考えている。本日は2025年1月1日(水)。今後とも「ゼロイチ」を恐れず邁進したいということで、新年の始まりの決意としたい。

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