サンタクロースからの学び

こんばんは
岡田です。

もうすぐクリスマスですね。
ちなみにサンタクロースの存在を
何歳まで信じていましたか?

僕は小学校低学年の頃、家族の団欒中に
良い子にしてたらサンタのおじさんがどうのこうの・・・
と言う話の延長線上で父親から
「よし!今日から1週間毎日お父さんの肩を揉んでくれたら
 欲しがってた野球盤(当時人気のおもちゃ)を
 クリスマスの時に買ってやる」
と言われました。

「ん?買ってやる・・・?」
確かに薄々は感じていましたよ。
サンタクロースなんていないって。
今までも親が枕元におもちゃをそっと置いていたって。
でもまさかこんな形で僕のファンタジーが
終焉を迎えるとは思いもよりませんでした。

父親の一時の快楽のための交換条件
「1週間毎日肩揉み=良い子にする=野球盤買ってやる」
という交渉が
純粋な少年を一瞬にしてファンタジーの世界から
現実世界へと誘ったのです。
その後、一人の少年はドライなたくましさとともに
大人になることの意識が芽生え始めました。

その頃、まだ学校のクラスの中には
サンタクロースの存在を信じている
少年少女がたくさんいました。
「え?知らないの?サンタさんはお願い事、一つだけ叶えてくれるんだよ」
と、どこで仕入れてきたかわからない情報を
無邪気なのにしたり顔で教えてくれる友達の一言にみな踊らされ
「えー、どうしよう!何にしよう!」
「私も決められない。」
「私は××がいい」
「俺、〇〇が欲しい」
と盛り上がりを見せていました。

「一つか。だったら俺も一つだけ。
 願い事が何度も叶うという願い事を叶えてもらいたい。」
そう呟いたところ
「そんなのダメだよー」
と却下されました。
ちなみに却下した友達は
「サンタクロースを見たことがある」
と以前言い張っていた気がします。

ふん!
勝手に盛り上がってろ!
一つしか願い事が叶わないのは
親の事情とは知らずに・・・。

と、情報弱者の友達を哀れみの目で見つめながらも
一方で輪の中に入れないもどかしさを
誤魔化していました。

そんな子供時代を過ごした僕を
「あー、なるほど。そういう幼少期があれば
 こういう大人になっちゃうよねー」
と思うのか
「えー?岡田さんが?信じられない!」
と思うかで今後のお付き合いのし方が変わってくると思いますが
それはさておき、
違和感をどこで感じましたか?

「え?何?急に。違和感?」
と思った人は違和感を感じなかったということです。

「岡田さんはどうしてそんなにひねくれちゃったんでしょうね?」
とそこに違和感を覚えた人。
その人は安心してください。
僕はサンタクロースは見たことありませんが
トトロとネコバスなら空を飛んでいるのを
目撃したことがあります。
ちなみに本当です。

さて、話を戻しまして、
どこに違和感を感じましたか?

もちろん違和感を感じるのは個人の自由ですから
正解などありません。
ただ僕的には感じ取って欲しい箇所が2ヶ所ありました。

一つは願い事は誰かに叶えてもらうのが前提で話が進んでること。
もう一つは願い事は一つだけしか叶わないということ。
これらが当たり前のように子供たちに浸透しているということ、
そしてそこに違和感を感じずに読み進めてしまったということです。

ファンタジーの世界でしたらそれもいいでしょう。
しかし僕ら大人が生きているのは現実の世界です。
「自分たちの力で」願ったことは「いくつでも」
叶えられる力を持ってもいいのではないでしょうか?

ここで「自分の力で・・・」
と書かずに「自分たちの力で・・・」
と書いたのには理由があります。
もし「自分の力だけで」何か物事を
成し遂げていると思っているとしたら
それもまたファンタジーだからです。

何か物事が進む時、人間社会においては
必ず誰かの力を借りています。

自分一人の力だけでどうにかできることはありません。
そこには一つの例外もありません。
呼吸をしたり心臓を動かすことですら
僕らは間接的に誰かの助けがあるからこそできているのです。
例えば心臓を動かすのだって栄養を取り入れてるから
それができるのです。
栄養を自分一人だけの力で補給できますか?
自分が食べる食べ物を全て自分で育ててますか?

そう考えれば人間社会において
一人で何かできていることなど何一つないのです。

僕たちは誰かに願いを叶えてもらうことに依存することなく
一方で必ず誰かに助けてもらいながら生きているのです。

さて、ここで視点を変えてみましょう。
全ての人が例外なく
誰かに助けてもらいながら生きてるのであれば
それと同等の量を誰かが助けてることになります。

誰が誰をどんなことで助けているのかは
多種多様過ぎてわかるはずがありません。
その複雑な絡み合いが人間社会なのです。

でも自分のことくらいならわかるかもしれません。
あなたは人間社会を生きる上で
誰の何を助けていますか?

ご高齢の方に電車で席を譲るような些細なことから
人生かけて何かを開発するようなことまで
どんなことでも構いません。
誰かの助けになっていることを
見つめなおしてみましょう。

その誰かの助けになることを
偶然、単発的にやることもあれば
いつもいつもやってることもあるでしょう。

そのいつもやってることが
「仕事」と呼ばれることが多く
そこに金銭の授受が発生しているのであれば
それは「ビジネス」と呼ばれたりします。

金銭の授受があると
「それは人助けと呼ばないのでは?」
という妙な洗脳をされてる方がいますが、
金銭の授受が発生しているかどうかよりも
誰かの役に立ってるかどうかの方が重要です。
逆に考えればすぐにわかることです。
あなたはお金を払ったことで
助けられたことはないですか?

タクシーに乗ってお金を払うことで
「ギリギリ間に合った!助かったー」
という経験はないですか?

もし金銭の授受があると
それを人助けと呼ばないのであれば
タクシーに乗ったことで
ギリギリ間に合った時は
「ギリギリ間に合った!あたりまえー!」
と言わなければなりません。

お金の授受があろうがなかろうが、
相手が助かったのであればそれは人助けです。

あなたの仕事はどんな人を
どんな風に助けていますか?

そしてこの人助けを継続してやることが
いつしか自分の力となり
その力が身につくことで
自分の願い事が叶えやすくなります。
この力が大きくなればなるほど
願い事はいくつも叶えやすくなります。

ちなみに僕は1週間父親の肩を揉んで
肩こり改善の手助けをしたことで
野球盤が欲しいと言う願い事を一つ叶えました。

僕の人生の願い事はもちろん野球盤だけではありません。
両親に育ててもらいながら
家族や友達に支えられながら
願い事をいくつも叶えてきましたし
これからも幾つでも叶えたいと思っています。

今まで話してきたことは
「何を今さら!」
と小馬鹿にする人もいるかもしれません。
でも、もし、
「今までそんなこと考えたこともなかった!」
とか
「改めて再確認ができた!」
と思ってもらえたのであれば
僕はある意味それを感じてくれた人の
助けになっていると信じています。

僕の仕事は営業コンサルタントです。
僕のコンサルを受けると
営業トークはもちろんのこと、
今の世の中は文字や動画などでも
情報が発信できるので
文章の書き方や動画構成なども
今読んでいただいたレベルで
わかりにくい概念を
わかりやすく伝えることが
できるようになります。

例えば、冒頭読み始めで
サンタクロースを信じる信じないの話から
ここまで話が展開すると想像できていましたか?

いかにも営業的な話で始まっていたら
ここまで読んでいたでしょうか?

さて、
今年もクライアントさん募集の12月になりました。
僕のコンサルは12月に募集して翌1月から
1年契約で行います。

もし、今まで読んでいただいたレベル感で
自分もこんな風に情報発信しながら
集客できたり、売り上げをあげたり
その他もろもろ仕事ができたらなぁ
と思ってもらえたのなら
一度募集要項をご覧いただければ嬉しいです。

募集要項には
実際コンサルを受けるとどんなことが起こるのか?
どんな感じでコンサルを受ければいいのか?
その他、疑問に思ってること、不安に思ってることなども
おおよそ記載しております。
また去年まで受けられていた方の評価や
感想なども記載しております。
ぜひ参考にしてください。
https://ssl.form-mailer.jp/fms/cff53d00303855

※このフォームはコンサルの申込ではなく
 募集要項が送られてくるだけですので
 安心してお読みください。
でもただの冷やかしの方は読まないで欲しいです。

ではまた。

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