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今日の朝まではなかったものがそこにはある。

 「森にでも行ってみたら?」
 そうしてみるかぁ。近頃なんだかうなだれている。とにかくずっとだるいのだ。花粉かもしれないし、天体的なアレかもしれないし、水星逆行かもしれないし、睡眠の質が悪いのかもしれないし、とにかく絶好調って感じじゃ無い。とはいえ基本的に低空飛行なのだ。手足だって相変わらず冷えやすい。冷え性なのだ。何がともあれ森に行ってみたらいい。このままうなだれてるよりはずっとよいだろうし、きっと少しは気分だって晴れるだろう。動植物のリズムに触れるとホッとする。鳥が鳴いていたり、くさばなが風で揺れていたりする。ときおり蝶々がふわっと舞う。あれは蝶々にとってのまっすぐなのだって言うのがなんか好きだ。そんな風に自然なリズムに触れるとホッとする。コンビニによって黒酢のドリンクとコーヒーを買う。迷ったが決められなかったので両方買った。いつもの場所に腰掛けて一息つく。どうやら虫が増えてきた。蚊じゃないのでまだよい。だけどお前一体何者や!って奴(絶妙なサイズ感でちょっと怖い。ハエよりもでかいが蜂ほどじゃない)がシャツにひっついてきたりする。ちょっと離れてよ、やめてよって言っても離れない。聞き分けの悪いやつだ。そういう子供がクラスに一人くらいいる。やめてって言ってもやめないやつ。あれなんなんだろう。いやだって言ってんだからやめてよね。なんだかそんな気分が蘇ってくる。いけないいけない。そんな風にいやな記憶に引っ張られることはないのだ。自然のリズム。ハーッと息を吐き出す。自然のリズム。

 まっすぐ家に帰ろうかと思って歩き始めたが引き返して山道に入ってく。ぐるっと回って線路沿いへ。おや、気になっていた豆腐屋さんが空いているじゃないか。だけど入るのに勇気がいる。2、3往復くらい行ったり来たりする。1度目は店内の様子を観察する。誰もいない。2度目はメニューの確認。豆乳プリンがある。食べてみたい。3度目は扉を開こうとするが手が伸びない。ダメだ、諦めて帰ろうかなぁ。4度目にしてやっとすみませんと扉を開く。4往復じゃないか?何がともあれお店の人が出てきてくれて豆乳プリンを2つ買った。黒蜜もつけた。そのまま駅方面に出ようかと思ったが人が多い。なので少し遠回りして裏道から帰ることにする。予想通り歩きやすい。満足しながら歩いてたら足元にスニーカーと置き手紙。

NIKE
ランニングシューズ
30cm(足のサイズ 28センチ)
御自由に
お持ち下さい
FREEY TO TAKE

 あたりをキョロキョロと見渡す。誰もいない。ほ、欲しい。そうなのだここ数日散歩などで使っていたスニーカーがボロボロになっていた。無印で買ったスリッポンだったのだが履き潰すために買ったようなもので、文字通り履きつぶして穴が空きはじめていた。しかも昨晩ネットでスニーカー調べていたところだ。これぞ天の恵み。しかもなんと優しいことにビニール袋まで付いている。気になったのはこの30cmというサイズだったがインソール2枚重ねしたらぴピッタリで良い感じになった。(僕の足のサイズは27.5~28くらいなのだ)なんだかニタニタしながら家路につく。これだから人生って面白い。

 miiさんは仕事でいなかったので、玄関に目立つようにもらったランニングシューズを置いておいた。最近僕が靴を欲しがっていたことを知っているはずだからきっと驚くだろう。23時近くになって帰ってきたmiiさんは気付くことなく家に入ってきた。なぜだ、どうして気づかないんだろう。今日はあんなことやこんなことがあった、特に同僚の皆様にカロリーメイトを薦めた話を満足げにしているのだが、新しいランニングシューズに気づく様子はない。僕はmiiさんのカレーを温めている間わざとらしく玄関に明かりを灯す。明らかに見慣れないナイキのロゴが入った、しかも今ある靴と比較すると若干大きい靴がそこにはある。今日の朝まではなかったものがそこにはある。それが馴染むまでには時間を要する。つまり明らかにまだ馴染んでない新参者がそこに鎮座している。ナイキのロゴを携えて。

 いつ気づくんだろう。結局カレーを作り終える頃になりmiiさんは玄関の靴を並べ始めた。まずはご自身のサボ、そしてスニーカー(まだ気づかない)そして僕のサボ、次にスニーカー(まだ気づかない)そしてついにナイキのランニングシューズに手を伸ばす。

「あれぇ??????どぉしたの????買ったの????」

 ようやく気づいてくれた。そこでようやくことの経緯を説明。いやぁ望むって大事だねぇ!!!!とmiiさんは唸っていた。食後に食べた豆乳プリンは後味すっきりしていて美味しかった。

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