だから頼むよシボリくん。もう人をいじめたりしないでおくれ。
山道を下って大通りに出る。歩道を歩いていると前から自転車に乗った男の子がやってくる。この街の歩道は狭い。鉢合わせてしまうと思ったら男の子は自転車を寄せて止まってくれた。僕はすれ違いざまありがとうと言おうとしたがうまく声が出なかった。とにかく会釈ぐらいはしたと思うのだが、突然胸のあたりから声がする。
「んんんダァァァゴラァ!!おぉぉぉぉい、テメェブチ○すぞゴラァ!!!!」
そして僕の胸はぎゅーっと苦しくなる。雑巾絞りがやって来る。(不安とか心配事とか恐怖とかそういう類のものがやってくると胸のあたりがギューッと絞られているような苦しみがよく起こるのでそう呼んでいる。)ここ何日かいろんな不安や心配事が襲ってきていて、雑巾絞りの刑がかなりの頻度で起こっていたのだが声は聞こえていなかった。この声の主が蘇る。僕は自転車に乗っていた。小一か小二くらいだったと思う。忠実屋(現ダイエー。今どうなってるんだ?)の前を漕いでいると黒い車が後方からやってくる。クラクションとかは鳴ってなかった思うのだが、僕の横に車をつけるなり窓を開けて、サングラスをかけた男が突然「んんんダァァァゴラァ!!おぉぉぉぉい、テメェブチ○すぞゴラァ!!!!」と、罵声を浴びせてきた。ここは東京の下町だ。ガラの悪い奴だっている(おいおい)僕は恐怖のあまり固まってしまった。このまま拉致されて拷問を受けるなり、この勢いで殺されてしまうんだと思った。男は叫びたいだけ叫ぶと窓を閉めて車を走らせる。僕は相変わらず固まっている。何をするために忠実屋に向かっていたのだろう。裏にあるおもちゃ屋で遊戯王カードでも買おうとしてたのだろうか。それともポケモンカードか。何がともあれ僕は固まったまま風景を見ている。なんだか冷ややかな目線を感じる。誰も何も声をかけてくれない。声をかけられたところで泣き出してしまいそうだが、どうしようもないくらい孤独を感じている。ぎゅっと絞られたまま家に帰る。多分親の仕事場に直行する。何も言わず(言えず)ただ心が落ち着くのを待つ。しかし雑巾絞りはもう体に刻まれてしまったのだ。あれ、もしかしてこの苦しみというか恐怖はトラウマなのか?そう、この時に僕は初めて自分の体に起こる雑巾絞りの苦しみを認知したのだ。
僕は道を譲ってくれた男の子の横を通り過ぎる時急にこの出来事を思い出した。シチュエーションと最近あった身体感覚と記憶とが重なって「んんんダァァァゴラァ!!おぉぉぉぉい、テメェブチ○すぞゴラァ!!!!」の叫び声がリフレインしたんだと思う。なんでもない出来事が突然自分の中にある何かを呼び覚すことがある。
それで気づいたことは雑巾絞りの主はサングラスをかけたヤクザみたいな男ということだ。ことあるごとに僕のことを脅したり、恐怖を植え付けさせようとする。気にくわないとすぐに癇癪を起こす。ん?あれ?あの「んんんダァァァゴラァ!!おぉぉぉぉい、テメェブチ○すぞゴラァ!!!!」の男は今も僕の中に住み着いているのか?そんなぁぁぁぁ。仲良くできるだろうか。わかった。住み着いてるならしょうがない。とにかく僕のことを怒鳴りつけたり脅したりしないでちょーだいよ。わかった。まずはあだ名を決めよう。今日から君のあだ名はシボリくんだ!だから頼むよシボリくん。もう人をいじめたりしないでおくれ。
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