電話
電話が鳴った。
十二コールして切れた。しばらくして、また電話が鳴った。今度は十五コール。留守番電話の設定をしていないから、留守電は入らない。しばらくしてまた電話がなる。いい加減、しつこい。俺は電話には出たくないんだ。この日に約束はした。でも嫌になったんだ。
思えば、いろいろなことから逃げてばかりの人生だ。
そうだ。高校受験も逃げ出した。お腹が痛いふりをしていたら、本当にお腹が痛くなった。結局第一志望の公立は受験しないまま終わって、誰でも入れる私立に行った。あそこから人生はどんどん悪くなっている気がする。
また、電話がなった。いい加減しつこい。約束したのは自分自身だが、嫌になってしまったものは仕方がないんだ。
「あなたはそうして、わたしからも逃げるのね」
そう言った妻はもういない。息子といっしょに出ていった。俺が何をしたというのだろう。俺は毎日仕事に行っていただけだ。
「仕事だけしていればいいって思っているんでしょう」
俺はいろいろなことから逃げてきたが、仕事は辞めずに続けてきたんだ。
「家族って、そういうものじゃないでしょう」
じゃあ、どういうものなんだ。俺には分からない。逃げたのは妻だ。俺ではない。
電話が鳴った。何度目だろう。
スマホをポケットから出して、期待を込めて電話番号を確かめる。妻じゃない。妻であるはずがない。
仕事をして結婚をして子どもが生まれて。
俺はようやくまともなところに戻って来られたと思ったんだ。でも、妻も子どももいなくなってしまった。何がいけなかったんだろう。でももう何をしても無駄なんだ。
高校は卒業出来なかった。めんどくさくなって辞めてしまった。その後、バイトをして生活をしていた。バイトも嫌なことがあると、すぐに辞めた。でもあるときふとしたことから働き始めた小さな会社はなんとなく性に合って、一年続けられた。一年続けたら、社員にしてもらえた。そうして、妻と出会った。
何がいけなかったのだろう。
鳴り続ける電話の番号をさみしく見つめながらまた思う。
「あなたは、健司がいつ歩いたか知ってる? あの子、もうしゃべることが出来るのよ、知っていた?」
平日遅くまで働いて土日も仕事が入ったりして、休みの日は寝ていたから起きている息子を見たのはいったいいつになるのだろう?
「ねえ、仕事、一生懸命なのは嬉しいわ。でも、健司の一歳はいましかないのよ」
「なんとか言って。あなたの気持ちがあなたの言葉で知りたいわ。ちゃんと、話して」
「どうして何も話してくれないの? もう気持ちはないの?」
そんなことない。そんなこと、ないんだ。
また電話がなった。俺はその電話を切り、そして電話をかけようと番号を表示させた。