初期設定の愛 23.月とすっぽん
3人でちかくの喫茶店へ。
O君の失恋ばなし、友人の終わった恋の話に興味はない。つまらない。(注1)
女神が自分に100%の注意をむけ、自分も女神に100%の注意を向けている、それがよくわかる。感じる。
彼女の言葉、一言一言をかみしめる。彼女も僕の言葉によくうなずく。
照れ屋で、はにかみ屋の彼女はもういない。O君の話もよく聞いている。
自らのことばは最小限、効率的に会話を進める。優しくて頭の回転が速い。
彼女の愛の深さ、やさしさ、なんだか優雅さもある。
絶対的信頼感。この子は信頼できる、絶対にだれかを裏切らない。
絶対に信用していい、そんな思いが駆け巡るり、なかり深い部分まで到達した感じだ。疑いようがない。
彼女がトイレにたつと、まっていたかのように、O君が私の顔を正面から見つめ、
「佐伯は、すんげ―いいやつだよ、めちゃめちゃいいやつなんだよ。」
私が、女神に出会う前の女神を知るO君だ。
私は中学時代、補欠のキャッチャーではあったが、練習試合やピッチング練習で、バッテリーを組んだ仲だ。O君はエースピッチャーだった。
O君の言葉がすんなり、入ってきた。
あーそうなのだ。そうだよな。すごくいい子だ。それは知っていたとは思う。
ところでO君、普段はこんな臭いこというキャラではないのだ。
そのO君の言葉を聞いて、”後悔”と”愛おしさ” みたいな複合的なゴチャゴチャした複雑な感情が湧いてきた。
このやっかいな感情が、身体中を駆け巡る。
”もう遅いな・・・。そうだったのか、そうだよね、こんないい子だったんだ、俺はもっと早く、俺だって、気づいていたはずだ。動けたはずだ。”
感情が波打つ。激しい後悔だ。
さえない優柔不断の、その他大勢タイプ(注2)の男子高校性。
ピカピカ輝く人格者、異性の友人から信頼される彼女。
月とすっぽん(注3)
彼女が席をたっている間、急激に絶望感が何度も何度も全身を襲う。
もういいよ。もういいよ。もう遅い、もうおそいよな。。。
勘違いするな、勘違いするな・・。
何度も言い聞かす。
彼女のいきつけのバーで2次会、「何でも言えば出てくるよ」と彼女がいう。
適当な言葉を言えば、バーテンダーが即興でカクテル作ってくれるシステムのようだ。
これが大人の世界だ。今日で一気に大人の仲間入りだ。
よーし、それなら、「KATANA(刀)」と言った。その時、知ってる日本語の中で、一番男らしくかっこいいと思っていた言葉だ。
当時人気のスズキのバイクの名前でもある。
このバイクにいつか乗りたいと思っていたが、ちょうどこのころ、
父は家族を集めて、頭を下げた。「オートバイには乗らないでくれ。俺も乗らない。」お葬式の翌日だったと思う。
我が家の唯一の家訓、「オートバイには乗るな。」ができて、この”刀” へ乗ることは断念した。尊敬する父の頼みなのだ。一生乗らないと決めた。
父が当時経営していたサウナ店の20代のサッサージ師。寡黙で真面目な人だったそうだ。バイクで10分ほどの距離、自身の経営するマッサージ店と父のサウナ店のマッサージコーナー。毎日、小刻みに移動してマッサージにあたる。
若くてさわやかなお兄さんだった。バイクに乗る姿もかっこいい。私も、さっそうとバイクを降り、フルフェイスのマスクを脱ぐ彼の姿を覚えている。
小学生のころ、ときどきだが母と一緒に、従業員室で館内着とかタオルをたたむお手伝いをしていたのだ。
あの時の父の落ち込みかたは尋常ではなった。年の離れた弟のように思っていたんだと思う。
閉店間際、夜中の急な予約。無理いって、急ぎで移動してもらったようだ。その日最後の仕事だったろう。疲労もピークだったと思う。
あのおおきな工場(注4)の機械類だの製品だのの整理中、工場の一番奥のスペースのさらに奥、1台の埃だらけのバイクが出てきた。あーこんなところにあったんだ。
父が時々のってたバイクだ。いつからか見なくなっていた。父自身も忘れていたようだ。
注2:数は多いが、それほど関心の対象にならない者のこと。
注3:二つのものがひどく違っていることのたとえ。
注4:【14.女神の前髪】 で登場した工場。