初期設定の愛 14.女神の前髪
少し迷ったが、思い切って父に尋ねた。
「会社の借金、全部俺に押し付ける気か?」
「自分は引退して、楽になりたかったのか?」
しばし考え込む父。そして、「そうだ。」 やっと絞り出した。
“んー。認めたか。” 案外あっさりしている。
この言葉、父の「そうだ。」
この言葉を聞いて、父の言う “女神の前髪” (注)とやら、そいつを、
よし、そいつを掴もう、そう決めた。
女神、女神を必ず掴む。もう後悔は嫌なのだ。
「二人でがんばろう。」父にそう伝えた。
「わかった。」小さな声で、父が頷く。
まあ、いろいろあったが、詳細はまたいつか語ることがあると思う。
ここでは要約する。
債務整理に10年かかった。
残債は今も1億円のこるが、返済の催促はもうない。
同時並行的にすすめた事業再生も達成した。
事業規模は大幅縮小したが、今ではしっかり利益が出ている。
今は自分ひとりだ。自由できままだ。
好きな時間に起きて、好きな時間に仕事する。
何曜日かは確認しないとわからない。
債務のプレッシャー、仕事のプレッシャーは、もうない。
もう、どうでもいいと思っているからかもしれない。
使命感などない。ただの遊びだ。そう思うようにしてやってきた。
わかっていただきたい。
この決断により、すべての事業用土地建物不動産、東京の元億ション、我が実家の先祖伝来の土地と父が建てた豪邸、父のBMW,母のベンツ、庭池の錦鯉たち、妹の琴、僕のSchottの革ジャン、(故)創業者で祖父の蓄音機、一切合切手放すことになった。当然そうなる。
父の建てた豪邸は解体された。
綺麗に整地され、土地は6等分。今は、小さな普通の今風の住宅が6棟たっている。たまに見に行くことがある。もう、何も感じない。
“白いマフラー“ と ”女神の手紙” は、(注)その実家に置いてきた。
自分なりの、けじめのつもりだ。
なんだか、大人になれた気がした。
これでいいのだ、これで。
このころ、
事情をよく知らない母は泣いていた。
父は “死んでお詫びしたい。” という。
ご先祖に申し訳ないと、そう感じているらしい。
海岸そばに松原がある、いい枝ぶりの松を二人で探した。
遠目から探した。
当時契約していた税理士事務所の応接間から、松原が良く見えた。
その税理士には、いいアイデアはないらしい。面倒くさそうだった。
あまりいい枝がなかったので、そのまま帰ってきた。
松の枝は折れやすそうに見えたのだ。
兄は、“お前のせいだ” という。
みんな勝手だ・・・。
小さな小屋、スレート屋根の賃貸工場で再起を図ることにした。
たまたま「入居者募集」の看板を見つけた。
まあ、大きめのガレージって感じでもある。
傾斜地の盛り土の上に立つその小屋は、少し傾いている。
ビー玉がよく転がる。勢いよく転がる。
後悔はない、俺はやりきる、そう誓った。
かならずやり遂げる。
残債は今も残るが、当時、あのでかい工場で、父が開発した製品のうちの一つ、実はその後に、まあまあヒットした製品がある。細々とだが今も売れ続けている。
その製品の売り上げが今の屋台骨をささえているのだ。
THANK YOU DAD! ありがとう、おおきな工場!
「幸運の女神には前髪しかない。」 この父の座右の銘だが、
今では自分の座右の銘でもある。
父には座右の銘がもうひとつある。
これも、まるで呪文のように聞かされた。
「人間、万事塞翁が馬。」
まあ、目先のことに一喜一憂するな! 長い目で考えろ! くらいの意味だと理解している。
結局うまくいくよってことだと思う。
注:下記御一読ください。🙏✨