初期設定の愛 7.ラブレターと英語の教科書
女神からラブレターをたくさんいただいた。
ほぼ毎日のように感じたが、3日に1通くらいだったかもしれない。
1枚の便せんを折り紙のように折り曲げたものだ。
ちょうど手のひらに隠れるサイズ。
これなら、まわりにバレずにさりげなく受け渡せる。
照れ屋の私への気づかいか、封書を省いたエコスタイルか、いずれにしても細やかで繊細な配慮だ。
素直にうれしい。内容も面白い。タイトルにラブレターと書いたが、その内容に、愛だの恋だのの言葉は出てこない。
風邪気味で病院いったとか、日常のなにげない出来事が綴られている。
私のことを心に感じながら、書いている。愛のある手紙、これぞラブレターだ。
これほど、心のこもったメッセージを受けとったことはない。
愛そのものだ。
Kちゃんが配達人。
暫くたつと、だんだん面倒くさそうになっている。
ほとんど毎日だし、これは大変だ。
Kちゃんは私が返事を書くのを、当然と考えているようで、何度か「返事はいつ?」と詰問された。
それでも、返事を出す気はないし、必要も感じなかつた。
単純にそのような常識を持ち合わせていなかったし、女子との文通などがクラスメイトにばれたら、大変なのだ。
文才のなさがバレるのも嫌だし、そもそも手紙にするようなイベントなど起きない。そもそも面倒くさい。
隣のクラスなのだし、直接話しかけてほしかつた。女神は直接話しかけてくる素振りはない。極度の照れ屋のようだ。
最近は、廊下で目線があうと、うつむいて、どこかへ消えていく。
もう見つめ続けてくることはない。
そのうち、彼女を発見すると、自分もうつむいて、どこかへ消えていくようになった。それでも幸せだった。満たされていた。
6月ごろかな、一度だけ、英語の教科書を貸したことがある。Kちゃんが私の席に取りに来た。「●●ちゃん英語の教科書忘れたんだって、私のを貸すよといったんだけど、どうしてもコージ君から借りたいんだって。♡」 Kちゃんがつまらなそうに言う。
女神は直接返しに来た。長めの制服のスカートをはためかせ、ベランダの水飲み場を乗り越えてやってきた。ちょうど、その時自分の席がベランダ側の後ろのあたりなので、ベランダが近いと思ったのだろう。
そこは人が通過するのを想定した場所ではない。各教室のベランダを仕切るように設置されている水飲み場の高さは、1.2mくらいだろうか、ベランダの手すりの高さより一段高い。この水飲み場越しに隣のクラスの子とたまに目が合う。そんな場所だ。ここは4階だ。足をすべらせれば、落下のおそれもある。人が、ここをひょいっと渡る光景を始めた見た。その後は見てない。ここを乗り越えようとか、そんな発想は浮かばない。
女神の超人的発想だ。恐怖心がないようだ。
教科書を直接私に手渡した後、何か言いたそうだった。
ベランダへ出入りす掃き出し窓のドア枠に両手で抱きついて、顔を半分アルミサッシの枠で隠していた。そのまま、何も言わづに、私をしばし見つめてた。5秒くらいだ。うわ目づかいで、少し虚ろな目をしていた。その目を今でも鮮明に覚えている。ウルウルした虚ろな目だ。深遠な目。やや茶色で黒目がすごく深い。
女神は、何も言わずに、再び水飲み場をひょいっと乗り越えて、戻って行った。冷や冷やしながら、背中を見送った。
Kちゃんがやってきて、机の上の教科書を見つけた。「あー。●●ちゃん、教科書返しにきたんだー。」”えー、何で私に頼まないの。” とでも言いたげだ。
どうも、このことが気に入らなかったらしい。
その教科書を持ち上げ、ペラペラめくり始める。
「ふ~ん。」
その手でぐにゃぐにやに丸めた教科書を私の机へ”ポイっ”と放り投げた。
そのままどこかへ消えていった。
8.手編みのマフラー へつづく