初期設定の愛 15.予言の書と卒業
中学3年の11月ごろか、N先生が「将来の夢」というテーマで作文を書いてこいと言う。
確か原稿用紙を一人一枚渡された。1枚埋めれば、いいらしい。
N先生のことは前述済だ。そう、女神のパンチをよけた男だ。
今は私の担任だ。やはり、あまり好きになれない。
期末試験の前なのに、N先生は何を考えてるのか。
少々この人は、頭が悪いんじゃないのか。
やっぱりこの人は苦手だ。
そもそも将来の夢などないのだ。
困ったな。期日までには出せなかった。
夢などないので、どうしても書けなかったのだ。
N先生は、遅れてもいいからどうしても書いてこいと言う。
“4.軟禁事件” (注)で、ちらっと登場した幼馴染のM君。今はクラスメイトだ。この彼に代筆を頼んだ。もちろん、ダメ元だ。
ちなみに彼は、ペンキ屋の次男坊。
言ってみるもんだ。引き受けてくれた。翌日には完成、彼は仕事が早い。
中身も読まずに、そのままN先生へ提出した。
12月の進路相談、三者面談だ。
普通は、先生、本人、母親だろうか。これで三者。
この時、なぜか父もやってきたのだ。四者面談?いや、これでも三者面談?
そんなことを頭の中で考えならがら、事の推移を見守った。
これまで、父が学校行事に参加したことなどない。運動会や参観日、きたかな~。考えてみたが、ちょっと記憶にないくらいだ。
なんだか、うれしかった。
あっ、そういえば、小学校のマラソン大会、真冬の開催だ。
3年から6年までのコースが、うちの前の道路を通過するルートだった。平日の午前中だ。その時だけは、父、事務の女性、作業着姿の工員の人たち総出で「コージー、がんばれ~」応援してくれた。父の声が一番でかかった。
N先生が急遽、椅子を一つ追加して、4人席となった。
N先生も少し緊張しているようだ。少しかわいく見えた。当時まだ20代の若者だ、無理もない。
このころ、父の会社は絶好調、立派な成金社長だ。恰幅も良かった。
中1で新築の豪邸へ引っ越し、床面積は10倍になった。
7LDK、トイレが3つ、サウナ、水風呂、ヒノキの湯舟付だ。
もともとは工場の脇の木造住宅に住んでいた。
物心ついたときには、その家にいた。
工場の中を通り抜けないと家には入れない。
一度工場に入り、工員と煤けた機械をよけながら、10mほど歩き、鉄の階段、登るとガタゴト音が鳴る。これを登り切れば、我が家の玄関にたどり着く。
まあ、工場の中に家がある感じだ。
小学3年の時の担任のK先生、大学でたばかりの女の先生だ。庶民的な顔立ちで親しみが持てた。家庭訪問のとき、間違えてとなりの家にいってしまった。というより10分ほどさまよった後に意を決して、助けを求めたらしい。隣の家とは祖父母の家だ、こちらは立派な家だ。祖母が先導して、K先生が登場した。まさか、この工場の中に、コージ君が住んでいるとは想像できなかったのだろう。
僕のあこがれのおじさん。名前は覚えてない。
鉄のマスクの僕のヒーロー。轟音とともに手から火を噴く。
ずっと見てられた。このおじさん、僕に気がつくと、マスクをはずして、にこっとしてくれた。それがうれしくて、何度も何度も近づいた。3,4歳のころだろうか。
今ならわかる、お仕事の邪魔して申し訳ございませんでした。m(__)m
階下は備品倉庫だ。
工具とか、ネジとかビスとか、部品とかが置いてある。
早朝から、トコトコ、ごそごそ、階下から物音が聞こえて目を覚ます。父には、勤務時間とか日曜日とかの概念はない。この音は夜中でも聞こえた。
この家は父が自分で建てたらしい。真偽のほどは定かでないが。母がそういってたような気がする。
引っ越し後、外車は常に2台、犬は洋犬、名前は忘れた。
まあ、日本犬がいた時期もあった。
バブルの波にうまく乗ったのである。
その席で、あの作文をN先生が取り出した。
そうだ、M君著作の「私の夢」だ。
おっと、そうくるか。状況はつかめた。
N先生が、いつになく丁寧な口調で、「コージさんの夢はお父さんの会社を継ぐことのようですね。お父さんを大変尊敬されているようです。読んで感動しました。将来が楽しみです。」
「そーすると、もちろん大学進学ですね。普通科なら、●●高校か、案外、〇大の付属もいいかもしれないですよ。」
父が少し“ぴくっ” とした。驚いているようだ。
おそらく前半部分に反応したのだ。
その日の夕食の時間、「コージ、お前があんなことを考えてるなんてお父さん知らなかったよ。」
しみじみ語りだした。まんざらでもないらしい。
まあ結果オーライか。
2月になり、高校入試を控え、N先生による、面接の練習が始まった。
M君作の「将来の夢」、これが台本だ。
”将来の夢” ”尊敬する人” これが高校入試の面接質問の定番らしい。
今更引けない。
N先生を前に、何度も何度も「私の尊敬する人は父です。なぜなら、家族のために、毎日毎日、朝から晩まで、働いてくれているからです。自分もそんな父のような大人になりたいです。父をこころから尊敬しています・・・・・。私の夢は父の会社を継ぐことです。父の会社を大きくしたいです。他人には使われたくありません。」
オウムのように何度も繰り返す。まるで自己洗脳だ。
本番の面接でも一字一句まちがわないように暗記して臨んだ。
もともとこの台本は、M君の一夜漬のフィクションなのだ。
これが、"予言の書“ となった。M君はもう書いたころすら覚えていないだろう。
あっ、会社は縮小したが、しっかり跡は継いだのだ。他人に使われていない。父を尊敬もしている。だいたいM君の予言どおりだ。
そして、ついに卒業だ。
中学3年間、彼女の名前、たった一度も呼べなかった。呼んでみたかった。
彼女も僕の名前を一度も呼んでない。呼んでもらいたかった。
一度も会話していない。ちゃんと、お話したかった。
『卒業す 片恋少女 鮮烈に』 加藤楸邨
16.絶望は半分だけ へつづく
注: 下記ご覧ください。