初期設定の愛 38.魂の成長
最初はやや警戒心を抱いていたのだろう、女一人の小さなバー、
一見の見知らぬ客の来訪。
ハイボールを2、3杯、急ピッチで飲み干して、思い切って伝えた。
少し緊張して声が震えていただろうか。
「人を探しています。」
「38年会ってない初恋の女性(ひと)。」
「この辺に良く出没しているようで、ダメ元で探しに来たんです。」
「今日会えたら、思いを伝えたい。ずっと伝えられなかった自分の気持ちをどうしても伝えたい。」
そうはっきり伝えた。
我ながら、おかしなことを思いきって、よく言えたものだ。
でもなんだか、すっとした気持ちだ。これで覚悟ができた。
不思議なのだが、これをきっかけにバーカウンターの中で言葉少なだったこの若いママが饒舌に変わった。
目の前のおかしなことを言いだす男に興味をもったようだ。
しきりにその女子(ひと)の特徴を聞いてくる。何か直感でもあるようだ。
点と点がつながるのにそれほど時間がかからなかった。
このママのスマホにしっかり写真があったのだ。女神の写真だ。笑顔で収まっている。
間違いない。佐伯さんだ。
何度かこのバーを訪れているそうだ。
このママの男友達が来ていて、このママがちょうど女神と男友達とのツーショット写真を撮っていたという。先月のことのようだ。
ただ、それ以来、来てないそうだ。このバーの常連でもなく、もともとそれほど頻繁に来ている訳ではないという。
そもそも、このママは毎週1回のみ出勤のバイトの雇われママだという。
「でもねー、この前の路地を歩いてるのは良く見かけますよ。」
「一度離婚して、息子さんがいるみたい。あ~、もう結構大人みたい。」
少し動揺した私の表情を見て、
「あ~あくまでうわさですから、本当かどうかは私にはわからないんだけど。」そうフォローした。
女神は今は独身みたいだ。
一度の離婚歴、成人した息子がいる。
初めて知った。女神のその後の人生の断片。
なんだか熱いものが、ぐ~と奥の方からこみ上げる。
私の知らない彼女の人生、いろいろとあったのだろう。そりゃそうだ、あの交差点で最後にあったのが、17歳。今が55歳。(注1)
何があったのだろうか。どんな人生だったのだろうか。
時計は24時を回っている、もう終電が終わってる時間だ。
この若いママが時計を見ながら、「そうだな~、今日はこれからくることはないよね、絶対に。ほら、外は誰も歩いてないでしょ。寒いしね。ドアを少し開けて、外をのぞきながらつぶやく。」
「もう待ってても今日は無理よ。」
どうも店をもう閉めたいらしい。
結局ホテルにかえったのは夜中の3時くらいだった。
2回目のチャレンジは同じ月の終わりごろだ。
たしか金曜日の夜、週末だ。
このエリアは、小さなバーが密集している。
この日はさすがに週末でどこのバーも混んでいるようだ。
前回のバーを覘いたが、満席のようだ。あの若いママもいない。別のママがいた。
別のバーで聞き込みすることにした。
混んでるバーにはどうも入りずらいし、人込みが苦手だ。
冷静に考えると、バーで人探しなど怪しい男に見える。
少し我に返る。
あまり。あせらず長期戦にしよう。あくまで偶然に再会するのだ。
粋な客になろう。今日は何件がよさげの店をみつけて、少し顔を覚えてもらおう。そんな感じで、波打つ心を落ち着かせることにした。
仮に、今日偶然あっても、あくまで、旧交を温め、そして帰る。あせるな。
それでいい、そうしよう。
辺りをぐるぐる回り、ようやくノーゲストのバーを見つけた。ここも女性ママ一人のバーだ。
同年代だろう、はなしやすそうだ。
ジンフィズを頼んだが、作り方をしらないという。
ハイボールに変更した。これを飲み干したころ、単刀直入に聞いてしまった。
その方が早い。情報を得られる確率はどうせ低いのだ。
女神のことを知っているか、本名を出して聞いてみた。今の本名は前回の店で聞いていた。
このママは女神とはLINEでつながっているそうだ。
このバーにはしょっちゅう来るという。
引きがいいな。あまり驚かなかった。しかしそんなバカな。
これはもう、そういうことだろう。
スケジュールどおり、俺は無理やり引っ張り出されている操り人形なのだ。
そんな思いに至った。
気が楽になった。もう本当に気負いはない。まな板の鯉だ。
好きなようにしてくれ、とことんつき合います。そんな心境だ。
まるで他人事のように言うが、自分の意志など1mmも介在していない、そのことにもう気がついてしまった。
このタイミングで再会する、すべておぜん立てされている。そういう筋書だろう。
彼女とは地元の同級生だと伝えたところ、急に対応がよくなった。
推測だが、一見の客なので、当たり障りのない対応していたが、常連さんのお友達なら、話しは違う。扱いが2階級特進したような感じだ。
急に、このママが饒舌になる。
「今日あたりも本当なら、来ててもいいんだけどね。実はね~ここ2週間くらいきてないのよね~そういえばおかしいわ。体調でもわるいのかしらね~」
このママが勝手に筆者の赤ら顔をスマホでアップ撮影し、女神にLINEしたようだ。
この時点で、もう筆者はかなり酔っている。 状況が良くわからないが、このママが女神に、地元の友人がわざわざ会いに来たとLINEで伝えてくれたらしい。今すぐに呼ぼうとしているようだ。
そんなことをお願いしていないのだ。
あくまで偶然の再会が理想なのだが。
あーもうこの時点で、つたない筋書は壊れてしまった。
わざわざ会いに来たとバレてしまう。
まあ、結果オーライだ、いいだろう。
もう酔っているし、なるようになるのだろう。
女神からの返信がないようだ。
ママが首をひねる。
「おかしいわね~」「いつもなら返信くるのにね、既読にもならないわ。」
「どうしたんだろう、体調わるいのかな~寝てるのねきっと。」
よっぽど親しい関係のようだ。
かなり核心の部分へ来てしまった。
相当近ずいてしまった。でも、何かやはり抵抗感がある。
バーを出て、真冬の夜風にあたり、酔いはかなりさめた。
俺はいったい何をしているのだ?正気か?(エゴが顔を出す)
もうこの辺でいいのではないか。もうやめようか。もういいよ。
そんなことを自問自答しながら、ホテルへ戻った。
“・・・ 魂の成長のため ・・・”
夜中の3時、ホテルのエレベーターを降り、部屋へ向かう廊下で、この言葉が頭の中で無機質に響いた。
まだ、多少酔ってはいたが、空耳ではないといえる、確実にそう聞こえた。あのときと同じ小型発信機の無機質な響きだ。(注2)
続けて。 “ さん ” というメッセージ 数字の “ 3 ” のことだろうか。
今回が2回目のチャレンジだった。
もう一度チャレンジしろとでもいうのか?
三度目の正直?
次がラストチャンスなのか。
そうだな、ゴールが見えている。もう引き返せない。追い込まれている。
ここからは少し、冷静に作戦を考えよう。