初期設定の愛 21.ブービー賞とマッチ
高校2年秋の実力テストのブービー賞。
これには訳があった。このテストの当日の朝、朝帰りしたのだ。
当時、少し気になる子がいて、その子に会っていたのだ。
木曜日の夜だ、マッチファンのT子、夜9時には家にいたいという。
“ザ、ベストテン”だ。(注1)
夕方6時、高校の最寄り駅前で持ち合わせし、駅前の喫茶店へ。
手慣れた振りして、すぐにアイスコーヒーを二つ頼んだ。
おしぼりを、こねこね、いろんな形にしながら、T子の顎のあたりを見ながら、良くしゃべった。
T子に会うのは、2回目だ。文化祭に遊びに来た近所の女子高の娘だ。
クラスメイトがナンパして話し込んでいたのだが、なんとなく近くで見ていたら、目があったので、なんとなく参加して話しをしているうちに、なんとなく仲良くなれたという経緯だ。
いまいち状況がよくわかならいまま、連絡先を交換していた。
電話では何度か話し、直接会おうとなった。キャッチホン(注2)がしょっちゅう入る。その都度、なんかへんな音が鳴る。気になるのだ。その都度、キャッチ?、あっ、またキャッチ?
「うん、でもいいの♡」、キャッチなどどうでもいいらしい。
キャッチを無視して、僕との会話を優先してくれたのだ。
これには胸キュンだ。(注3)
自分が本命かどうかの判断バロメーターがこのキャッチホンだ。
間違いない。初の勝ち戦の確信だ。
8時ごろ、気をつかい、そろそろ帰ろうか?
ん~まだいいの ♡。
かわいい~。
結局、「マッチは今日はいいかも」なんて言い出した。
かわいい~。
もうメロメロだ。(注4)
結局、閉店の夜11時までアイスコーヒーだけで粘った。
とぐろを巻いたおしぼりは、もう半分乾いていた。
彼女は下り、僕は上りで帰るのだ。
下りのホームでT子を見送った。
勝者の歩みで上りホームへ向かう。
ホームの電気が順番に消えていく。
「上りはもうないよ。」駅員が生気のない声をだし、ホームの電気を順番に消している。田舎の私鉄駅、小さな駅だ。僕とその駅員以外はもう誰もいない。
さっきまでいた喫茶店も、すでに真っ暗だ。
徒歩で4時間くらいかかかった。途中、なにを思ったか、友人宅へ寄り道したが、もう真っ暗なので、ピンポンはできなかった。あわよくば泊めてもらおうと思ったのだ。この分遠回りをした。
道のり距離で15kmか、駅に置いてあるチャリで、さらに15分くらいだ。
帰宅したのが、朝の4時くらいだったろうか。睡眠は2時間くらいだ。
睡眠不足と幸福感から、もうテストなどどうでもよかった。テスト中、名前だけ書いて、あとはほぼ寝ていた。時々起きて、簡単そうな問題だけは回答欄を埋めたと記憶している。
よって、この実力テスト順位は私の実力を表さない。これが私の見解だ。
驚きは、一人この私よりも点数が悪い輩がいたことだ。
この輩は、すぐに特定できた。
トイレで、たまたま、まあまあ仲の良い隣のクラスのM君、「俺今回下から2番目だ」と自虐的に打ち明けたら、「まじか、おれは最下位だ。」と教えてくれた。
奇跡的な出会いだと思った。
なんだかうれしくて、トイレで抱き合った。
これもノンフィクションの出来事だ。
人生とは感動と奇跡の連続だと思った。
あっ、ちなみに、T子さんとのその後ですが、
しばらくは、時々、電話でお話する関係でしたが、
ある時を境に、キャッチホンの方を優先されるようになったので、うすうす感じておりましたが、他に好きな男子ができたそうです。
「その人に出会わなければ、コージさんをすきになってたんだけど・・・」
最後までやさしいT子さんでした。
T子さん、さようなら、お幸せに。
あっ、この話はどうでもよいのだが、このT子さんには、この10年後に再会した。友人の結婚披露宴で、親族席に座っていた。
世の中は狭い。
注1:昭和時代、TBS系列 で、毎週 木曜日 の21:00 - 21:54 (JST) に 生放送 されていた 音楽番組。マッチがよく出ていた。マッチとは歌手の近藤正彦の愛称。
若い方でマッチご存じない方は、下記でご確認ください。
注2:キャッチホンは、お話し中に他から電話がかかってきた場合、通話中の相手を一時的に保留にして、後からかかってきた相手と通話することができるサービス。「キャッチ」はその略。詳しくはNTTへお問い合わせください。
注3:胸が締め付けられ、キュンとなること。昭和中期の言葉、死語である。
注4:相手にぞっこんになり、しまりがなくなっている状態。昭和中期の言葉、死語である。