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初期設定の愛 25.交差点

高校2年生の秋ごろから、高校卒業までの間、3-4回程、偶然であった交差点がある。
私の自宅の近く、彼女のバイト先の側でもある。
彼女のバイト先は、電気部品製造工場、通りから覗ける小さな掘立小屋のような町工場だ。私の高校への行きかえりともその小屋の前を通過する。
その小屋から、私の自宅の中間地点に交差点がある。
 
信号待ちの1分くらい、彼女と時々会話をした。私は信号待ちをしていると彼女が後ろから自転車で近づいてきた。主に彼女が一方的に話すことばかりだった。私はそれに、興味ないふりして、頷くだけ。信号が赤にかわると、彼女はすぐに右折、そちらが彼女の家の方向である。前述の「刀」の件以降、距離感はやや近づいていた。(注1)
 
 ある時、交差点での軽い会話。
この時は、信号がスグ青に変わった。
彼女はハンドルをきりながら、わかれぎわ、「電話して~」
自然な感じはあるが、少し勇気をだしているようにも感じた。
 
「何番?」横断歩道をすでに渡り切り、数メートルすすんだあたりだ。
自転車をとめ、体を半分ひねって、彼女へ声を飛ばした。
 
今度は、彼女が道路の反対側から叫ぶ。自分の自宅の電話番号をはっきり大きな声で、何桁かの数字を叫んだ。
はっきり聞き取れたが、覚える必要はない。
後で調べればいいのだ。
彼女の声をもう少しききたい。そんな気持ちだ。だから”何番?”ときいたのだ。
 
  数日後、たしか日曜日の夕方に電話した。運良く、彼女が出た。しばらく、世間ばなししたのち、彼女が「あー、彼氏できた。」話題が無さすぎて、何気なく言ったのだろう。一度近ずいた距離感が、一気に遠くなる。そんな気がした。その後の会話の内容はよく思い出せない。動揺を悟られないように務めた。
 
 完全に終了だ、もう覚悟している。電話ももうできない。なぜ、「電話して―」だったのか、今でもこれは疑問だが、「昔の男?」みたいな、いや彼女は結構やり手かもな。恨みをはらしたか?いやもういい、やめよう。これで終わりにしよう。
 
なんだか肩の荷がおりた気がした。

 
 その後も、何度かこの交差点で出会う。これほど、偶然会う中学の同級生は他にはいない。かなりの頻度だ。
 
いつもの交差点、息を切らして追い付く女神。
左腕の内側をみせながら、「怪我しちゃった。♡ まーいいの私が悪いんだから。」はんだ溶接の作業だろう。おばちゃん達に交じって、美少女女子高生の神々しい背中、通りからよく見える。センターの位置だ。それにしても、女神は何をしてもサマになる。そう思っていた。
まだ赤々とする一筋のやけどの傷痕、15cmはあるかな。思わず目を背ける。
 
心の奥底から、一気に何かが吹き上げる。
「社長め、コノヤロー」「許さない」このときの怒り、これを越える経験はまだしていない。
ぶつけどろのない怒り、女子高生にやらせる仕事じゃないよ。(心からの絶叫)
 
 「代わりたい」「心臓だって、差し出せる。この娘のために、死ねる。」ほんとにそう思った。今でもソレはかわらない。
 
「宝石箱の宝石」 とっても大事なのだ、なのに、女神は毎日野放し。
自転車とばしてどこまでも「猪突猛進」型だ。
もー、本当に消えてしまいたい。女神のことはもう忘れたい。もういいだろう。

「どーして、あんなバイトしてんの?」思わず出てしまった質問。心の声がもれた。
 
「フラッシュダンス」(注2))、クールにそう言われた。
この一言ですべてを理解した。
 
女神の頭の良さ、機転、無駄のないワードセンス。百点満点の答え。まいった。自分の夢にむかって、“イメージトレーニング” しているのだ。そう勝手に想像した。
ひるがえって、我に夢などない。これじゃだめだ。何かないか。なんでもいい。いや何でもいい訳じゃない。彼女の夢相当の何かを探そう。そう決意した。
 
 
高校3年の秋、久しぶりにまた、あの交差点。いつぶりだろうか。
 
3年になってからは始めてだ。うしろから接近する彼女、信号は赤。彼女は自転車を寄せてきた。
「卒業したら、×××(地名)いくの。」なんだかうれしそうだ。
信号はもう青い、彼女の口調が早口になる。あいかわらず、一方的に話す、私への質問はない。
 
進路を正式に決めたようだ。確かに、そんな時期だ。
「私、〇●● (注3)になる。×××(地名)でいっしょいやらないかって、誘われたの。」うれしそうだ。よかった。
本当に幸せそう。
 
それが彼女との10代の時の最後の会話、いや、自分はほぼ、「そうなんだー」しか言ってない。彼女が一人でしゃべってたような感じだ。
 
「がんばれ。」「俺だって、がんばる。」こころのなかで、そうつぶやいた。
 
こののち、20代、30代、40代、彼女の人生に私は一切登場しない。
きっかり10年後、彼女はこの夢をかなえる。
このことが、私の人生に少なからず、影響する。
  
彼女の言葉を一字一句覚えている、
彼女の鼓動、息づかい、はにかんだ顔、能面のような顔、右肩で感じた彼女の頭の感触、あのまなざしを覚えている


「瀬をはやみ 岩にせかるる滝川の わかれても末に 逢はむとぞ思ふ」

崇徳院 小倉百人一首77番

注1: 下記23.月とすっぽん を御一読ください。

注2:1983年の映画、無名の女性が溶接工場で働きながら、夢をかなえるというストーリー。主題歌も大ヒットした。

注2)〇●●には彼女の夢の名前が入ります。

26.宇宙存在 へつづく


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