![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/84734809/rectangle_large_type_2_472af73ee5ad2784d8939eb2d3390b1e.jpeg?width=1200)
初めての鬼【毎週ショートショートnote】
「鬼さんこちら」
「手の鳴る方へ」
囃し立てる子供の声。煽る拍手と取り囲む草履。
忘れもしない、村社の境内の目隠し鬼だ。白杖を放した両腕に風を探りつつ、叶子はサンダルを進めた。
「鬼さんこちら」
「手の鳴る方へ」
もう八〇年近く昔の事。都会者の叶子に疎開先の子達は冷たく、土地の決まりを盾に勝てない鬼役を振っては、延々と叶子を走らせた。
――ただ一人を除いて。
「えぇ加減にせぇ。鬼はお前らじゃ!」
隣組の級長に噛みついた、泥んこの背中を覚えている。
帰りたいと泣く叶子をおぶって、駅まで歩いた裸足を覚えている。
「……ほんなら次はわしが鬼じゃ!」
初めて交代してくれた、あの日の幼い手を覚えている。
指先に触れる糸を、手繰って結ぶ。
「真ちゃん。捕まえた」
「はよ帰り、来たらいけん!」
振り払う手は他の子達と同じ、あの日の炎に消えたまま。
「ええんよ、もう帰らんでも」
皴だらけの小指が時を遡る。
盲いた目に光が戻り、二人の子供が笑い合った。
副題:入籍
【きせき/鬼籍】死者の名や死亡年月日を記す帳面。過去帳。点鬼簿。
鬼籍に入る=鬼籍に名を記入される。死亡するの意。