忍者ラブレター【毎週ショートショートnote】
小学校の校庭の並木に、一本だけ気の早いモミジがありました。
残暑厳しい九月半ばに色づき始め、最初の木枯らしが吹く十月半ばに散ってしまいます。他のモミジが見頃の時には裸になっているので、葉(歯)のないモミジで姥モミジと呼ばれていました。
「しのぶれど色に出にけり、のこころかな」
並木の下を竹ぼうきで掃きながら、用務員さんがしわの寄った目を細めます。
「もうおばあちゃんだから季節も分からないんだ」
「木にもボケってあるんだね」
生徒たちの無邪気な悪口を聞かない顔で、真っ赤に染まる姥モミジの枝を軍手で撫ぜ、
「今年の木枯らしは遅いから、焦らずのんびり待ちなさいよ」
歯のない口をにっこり笑ませて励ますのでした。
秋晴れの空を、赤とんぼのつがいの群れが渡って行きます。
ほうきを止めて見入る白髪の頭を、うつくしい紅葉がひらりと滑って落ちました。
いつか彼は気付くでしょうか。
その一葉の恋文が、果たして誰に宛てたものかを。
副題:姥椛
しのぶれど色に出でにけり我が恋は物や思ふと人の問ふまで
百人一首 第四十番 平兼盛の歌