見出し画像

彼とあたしと朝カレー

『サチは、朝からカレーって行ける人?』
 彼氏仮免中のコウちゃんからLineが入ったのは、宇宙一カレーが似合わなそうな土砂降りの土曜だった。
『一晩寝かせたカレーとか、あたし嫌いなんだよね。残り物感しかないってゆーか』
 半分嘘で半分本音。シングルのママは朝から晩まで仕事仕事で、残り物になるほど料理しなかった。だから『カレーは一晩寝かせたのに限るよね』なんて、知ったかぶって自慢するヤツが嫌いだった。
 あたしの知ってるカレーは学校の給食かレトルトのやつ。ついでに興味本位で一晩寝かせた時のマズさも知ってる。
『いや、朝イチで作るんだけど。良かったら一緒に食う?』

 既読スルーで逃げた敗因は、昔のトラウマに刺さったからだと思う。
 あんまりサラッと言うから防衛線も張りそこねた。『料理男子アピールウザい』とか、『低血圧だから要らない』とか、お断りの理由ならいくらでもあったのに。

          ***

「別に作れないわけじゃないし……」
 いいだけ寝坊した午前10時。7月最後の日曜の朝は、CMばりの青空が広がるカレー日和だった。
 昨日の夜、コンビニに自転車飛ばして買ってきたカレールー。子供の頃から売ってるけど食べた事ないメーカーの、辛さは無難に中辛で。
 食材は――じゃがいもと玉ねぎが1個ずつ、冷蔵庫にあったにんじん1/2本、お肉は売ってなかったからパックのウィンナー。裏面の説明と分量違うし、あたしには多過ぎかも。
 休日出勤のママはとっくに会社で、何時に帰るか分かんない。残ったらお昼と晩ご飯で何とかしよう、覚悟決めて野菜の皮むきからスタートする。

 ちまちま切ってたらやたら細かくなったじゃがいも。むき過ぎたにんじんは削るの失敗した色鉛筆みたい。おじけづいて後回しの玉ねぎ、くし形って幅何センチが正解だっけ? 目が痛くてしょぼしょぼして、見えないのに無理して刻んでたら――
「いっ……たぁぁ~」
 絆創膏貼りにリビングへ退避。幸い深い傷じゃなかったけど、すごいしみるし最悪。ガーゼににじんだ赤い点見つめて、また目が痛くて泣けてくる。
 見栄張んないでレトルトにしとけばよかった。えらそうに文句ばっかり垂れて、あたし料理全然ダメじゃん。
『いや、朝イチで作るんだけど。良かったら一緒に食う?』
 Lineの画面は昨日と変わらず、新着コメントゼロ。
 八つ当たりでスルーなんかしなきゃよかった。キッチンに取って返してガスレンジへ。
 これ以上包丁握るのが恐くて、途中のまんま投入。野菜の水に油がはねてチリチリするから、鍋つかみを両手にはめて木べらでかき混ぜる。
 どれくらい炒めたら水入れるの? 時計とにらめっこでしばらく格闘。サイズばらばらの野菜は小さいかけらがクタッとしてるし、切り目入れなかったウィンナーは真ん中で爆発してる。全然説明通りじゃない鍋の中に半分キレながら、水入れて煮込んでルーを溶かす。
 
 だんだん広がるカレーの匂いにホッとして、お腹がくぅって鳴った。
 お玉ですくったルーは写真よりシャバシャバで、色も薄くてスープみたい。おまけに案の定、3人前近くある。
 ――11時30分、完全にお昼の時間。
 もう食べ終わってるどころか、がっつりメニューかぶってるよね。さらに10分迷ったあげく、意地っ張り全開のメッセージ。
 
『今カレー作った。良かったら一緒に食べる?』
 画像アップする度胸はなかった。
 既読がついて。イエスもノーも返って来なくて。あきらめ気味に閉じたところで着信が鳴った。
「今駅に向かってる、15以内に着くから」
 駆け足のテンポにあたしの心臓も急ぎだす。
 色々予定と違ったけど、仮免返上のコウちゃんと迎える初めての朝ご飯。たとえ出来はいまいちでも、二人で笑って食べられたら、きっとこのカレーは過去イチに美味しいんだ。
 ――そうだ。帰って来たらママにも食べてもらおう。それで、いつもお疲れ様、ありがとうって伝えよう。

 ピンポーン♪
 滑り込みセーフの11時59分。ひときわ弾んだ音でチャイムが鳴った。