
命乞いする蜘蛛【毎週ショートショートnote】
ペットボトルの底に、透明な蜘蛛が死んでいる時がある。
飲料の種類を問わず八分の一の確率で這入っていて、飲み切ったボトルを窓際へ干しておくと、午の間に蒸気の雲になって天へ還って逝くが、これまた八分の一の確率で、往生し損ねた擬死の輩が混じっている。
渇き死にしてなるものかと、ボトルの縁の僅かな滴を搔き集め、頻りと頭を垂れて嘗め取る姿は、命乞いでもしている様だ。幾らか哀れを覚え、干すのを止めにして新しく水を汲んでやる。
すると今度は八分の八の確率で、夜を待たずに溺れ死んでしまうのだった。
その日も何本かのボトルを干し、何本かのボトルに水を汲んでいた。
ふと喉の渇きを覚え、汲んだばかりの水を呷った。
ボトルの中で溺れようが、胃袋で溺れようが末路は同じ。
――涎が透明の糸を引いた。
喉を下った水は凍みる様に冷たかった。
コンと咳いた拍子、細い氷の粒が窓の桟に散った。
ボトルの底には二肢の欠けた六花が咲いていた。

副題:水底の八つ肢