単釣記

令和六年十一月二十四日(日)
 一年振りに茶屋川へ。ほんたうは紅葉の盛りに来たかつたのだが、足首を痛めてしまひ叶はず。

 やうやく訪れたけふ、溪は半分落ち葉に埋れてゐる。しかし早々に過ぎ去つてしまつた秋の名残りが、まだあちこち残されてゐた。

 八時頃、某谷を少し過ぎた辺りに車を停め、林道を歩く。四十分ほど経ち、そろそろ廃村も近い辺りで昼飯を車に忘れて来た事に気付いて引きかへす。時間を食つたと思つたが、そもそも歩き度くて来たので好い時間の潰し方ではある。

 廃村茨川へ着いたのは十時前頃。天照神社の半分以上埋まつた鳥居の脇を廻り、苔生した階段を上ると、こぢんまりとした拝殿が立つてゐる。漁協が置いたのか誰かが置いたのか定かではないが、小さな金属製の箱があり、小銭が入つてゐる。
 私も賽銭を、と思つて財布を出すと小銭がすつからかんであつた。千円札は流石に惜しいから、願掛けはせずにただ二礼二拍手一拝。

 気温は二度。足を流れに浸すと冷えた水が沢靴に染みて来る。この時期にウェットウェーディングは無理かと思つたが、歩いてゐると意外に大丈夫である。冷た過ぎて無理なら引きかへす積りだつたが、そのまま三筋滝を目指す。

 二年以上前の豪雨で埋まつてしまひ、溪は平坦に均されて随分歩き易くなつてしまつたが、滝が近くなるにつれ掘りが深くなり、落ち込みで七寸強の天魚が二尾、足元から走るのを確認した。その後も走る魚がちらほら見受けられた。昨年来た時は足元の数メートル下に埋まつてゐた落ち込みの連続帯もある程度戻つてゐて、岩魚の姿があつた。

 徐々に気温が上がり、時折曇天から陽が差すやうになつた。十一時頃三筋滝へ着くと、昨年釣友と訪れた時は盥ほどしかなかつた滝壺が、数十センチほどの水深になつて半径数メートルほどまでに拡がり、水面には鮮やかな落ち葉が沢山浮かんでゐた。滝の直下からの流れには、暖かい陽光に照らされて七寸ほどの岩魚が浮かんでゐる。

 水際まで近付いて見ると、私に気付いた十尾ほどの小さな岩魚の群れが、朱い落ち葉の下へゆつくりと消えて行つた。

 味はふやうに辺りをのんびり眺めたあと、ふと滝へ目を遣ると、七寸岩魚が浮かんでゐた辺りに今度は八寸弱の天魚が泳いでゐる。暫くすると奥の方から別の天魚が現れて、手前と奥とを行つたり来たりして遊んでゐるやうであつた。
 川は少し回復して来てゐるらしい。私は嬉しい気持ちで滝を後にした。


 茨川まで戻ると正午過ぎであつた。私は沈下橋の跡に腰掛けて午飯にする事にした。シングルバーナーで湯を沸かし、コンビニで買つたおにぎりと味噌汁を食ふ。食後には優雅にコーヒーを淹れる。

 しかし腹は温かくなつたが、黙々と飯を食つてゐるあひだに、ずぶ濡れに濡れた足が完全に冷えてしまつた。車まで戻る途次、足の感覚が全くなかつた。やはりこの時期にウェットウェーディングは止めたはうが好いやうである。


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