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夢を見るには遅すぎた

”そんなやつやめとけよ”
”俺にしとけよ”
なんて言えたら、どれだけ楽なんだろう。そもそも、そんな言葉を言えるのは、僕なんかよりずっとかっこよくて、優しくて、背が高くて、自信があって、君に好かれている人だけだ。

 いつもと変わらない僕の部屋。ああ、僕はこうしてまた、同じ日々を繰り替えしてしまうんだろう。カーテンの隙間から差し込む光で目が覚める。乱れたシーツと布団から顔を出して眠る君の姿が、昨日の出来事を物語っていた。


 君が“久しぶり!”なんて声をかけてくるから、一瞬誰か分からなくて怖かった。でも、顔を近くで見るとすぐに分かった。見間違えるわけがない。
 二年前の今日、僕は君に振られた。理由は、就活が忙しいからというものだった。だが、それからもずっとひまわりのように眩しい君の笑顔が、忘れられなくて。インスタのDMで久々に会いたいと言ってきたのは君だ。今なら付き合えるかも、なんて淡い期待に胸を躍らせながら、今日ここに来た。はずだった。

「でね?聞いてるー?」
 君の話にうんと首を縦に振る。”話したいこといっぱいあったんだあ”と少し元気なさげに呟く君。居酒屋に入ってからの数分で、二年の間に起きた出来事について色々語ってくれた。就職して彼氏が出来たことも、その彼氏と同棲していることも、浮気されて傷ついていることも、全部。

 君は落ち込んだ様子でカシスオレンジを一気飲みした。二年前から全然変わっていないその少し大人びた綺麗な顔。この横顔に、僕はいつも魅かれていた。少し溶け始めた氷が、君のグラスを濡らし始めていて。

「そろそろ行こっか」
 君の言葉に従い、店を出る。キラキラと輝くイルミネーションを二人で眺めながら歩く。ああ、僕は君とこうして歩きたかったんだ。君に、僕の隣を歩いてほしかったんだ。でも君はもう、他の誰かのもので。僕はこのまま一生君と、古き良き友人として、君の話し相手として、存在していくんだ。

「ねえ、マサくんって家、引っ越した?」
「いや、引っ越してないよ」
「じゃあ、寄ってもいい?宅飲みしようよ、大学の時みたいにさ」

 ずっと塞き止めていたものが、流れていく音がした。


 

 君の綺麗な身体を優しく抱きしめる。二年前から知っているのに今、こういう関係になっているのは何だか気恥ずかしいけど、終わってみるとそうでも無かった。唯一残っている感情は、君を好きな気持ちと、君を抱いてしまった罪悪感。僕の中に渦巻く感情を抑えながら、隣で寝ている君の後ろ姿を眺める。心なしか、君の肩は少し震えていて。

「泣いてるの?」
「うぅっ、、私、どれだけ浮気されても、彼が好きなの。おかしいよね?もう忘れたいのに、忘れられなくて。マサくんといたら、忘れられるかなって思ったんだけど、、」
 君はそう言って、僕の胸で泣いた。君の身体を、抱きしめてあげることは今の僕には出来なくて。背中をさすりながら、次に返す言葉を頭の中で必死に探した。

「そっか。無理に忘れる必要は、無いんじゃないかな?」

 違う。そんなことを伝えたいんじゃない。僕はそんなこと思っていない。本当は、僕はまだ君のことが好きなんだよ。そんなやつ辞めて、僕にしなよ。僕は君にそんな顔させないよって。そう伝えたかった。だけど、喉元まで出かかったその言葉を、君に伝えることはしなかった。伝えてしまったら、君は困るだろうから。もし、伝えたとしても君はきっと、僕を選ぶことはしない。そんな気がしたから。



 カーテンの隙間から差し込む光で目が覚める。乱れたシーツと布団から顔を出して眠る君の姿を見て、昨日の出来事が現実だったことを思い知らされる。
 君は寝ている時も、彼氏のことを考えているの?寝言で恋人らしき人の名前を呟く君。ああ、僕はいつになっても君の彼氏にはなれないんだなあ。あと何回、君を好きになればいいんだろう。きっと君が、彼氏を忘れられないように、僕も君のことが忘れられない日々が続くだろう。

 

 そんなことを考えながら君の寝顔をそっと見つめ、二度目の眠りにつく。

 

 少しでいい、少しだけでいいから、僕にも夢を見させてくれないか。




 

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