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悲しみでいっぱいな、君の心

どうしてこうなってしまったんだろう。底知れぬ絶望と悲しみに襲われながら、僕は帰路についた。君を傷つけてしまったのだろう。昨日まで思い描いていた未来も、今ではもう途方もない重たい壁のように感じる。僕はこれから、君無しで生きていかなければいけない。その事実だけで頭がくらくらしてくる。街中のショーウインドウに、この世の終わりのような顔をした僕が映っていた。

僕は君を素敵だと思っていた。僕と同じバイト先に入ってきた君はあまり人と話すことが得意ではないと言う。控えめな姿が、上品で美しかった。なだらかな撫で肩、陶器のような肌、ちんと澄ました佇まいの君を、僕の視界が捉え、決して離そうとはしなかった。この日から、君が僕の心から消えたことは一度もない。

僕は一足先にバイトを辞めた。同時に上京もしたが、地元に帰るたびに君に連絡を入れる。
「元気?今日って空いてる?」
「元気ですよ。すみません、今日は予定があって…」
このやり取りが何年も続いた。実際に君に会えたのは、僕が上京してから4年経ったころだった。久しぶりに目にした君は、上品な若さに輝く美しい女性になっていた。君はあの頃と変わらぬ笑顔で、思い出話に花を咲かせる。君のことが好きだ。この時強く実感した。

「絶対に大切にするから、付き合ってほしい」
僕が思いを口にすると君は驚いた後、困ったような顔をして見せた。
「私、遠距離無理だから…」
そんな理由では諦める気は起こらなかった。君のためなら何だってする。毎月会いに行く、毎日ビデオ通話だってする。何があっても絶対に離しはしない、と君に誓う。
「分かった、じゃあ…」
君の口から僕への思いが語られる。初めて会った時から君も、僕を素敵だと思っていた。人見知りだった自分に、僕だけが話しかけてくれたと君は言う。僕の存在は、君の心をお日様のように明るく照らし続けていた。そんな僕に、どこか引き付られるものを感じていたのだ。直接言葉にはしなかったが、お互いに好意を持っていたということを知らされる。君は恥ずかしそうに僕から顔を背けた。そんな姿も愛おしくてたまらなかった。

遠距離は、あまり思うようにはいかなかった。本職とバイトを掛け持ちしている僕にとって毎日ビデオ通話をするということは、波の中で船を操るように大変だった。だが君に誓ったことはしっかり守ろうと必死だった。
「温泉行かない?」
君が僕に言った。すかさず僕は
「いいね、行こう」
と了承する。だが本当は、目の前に置かれている資料を片づけることでいっぱいだった。君との誓いを守ろうと、ビデオ通話もしていたが気付けば君と話すための時間は、資料を片づける時間になっていた。めまぐるしく動いていくうちに、温泉の約束をした一週間前になった。
「ねえ、本当に温泉行けるの?」
君は悲しそうな声で僕に言う。
「ごめん、無理だわ」
君の顔を見ずに言っていた。数秒後、通話が切られた。

数日後、君は僕に会いに来た。
「もう別れよっか」
聞こえてくる声だけで、君の心はもう悲しみでいっぱいだということが伝わってくる。
「仕事大変なんでしょ?」
静かな駅のホームで、寂しく心が青ざめていくことを感じる。僕は君が好きだ。たまらなく好きで好きでどうしようもない。そして、君も同じだ。その証拠に、君は泣いている。僕は君を幸せにすると誓ったのに、絶対離さないと誓ったのに、一度掴んだはずの手はあっけなく離れていこうとしている。どうするの?と今度は君が僕を視界に捉えて離さない。
「寂しい思いさせてごめん。約束も守れなくてごめん」
君からの別れを受け入れた。しばらく無言の時間が続き、君が乗る新幹線が来る。君は車内でもまた、泣いていた。新幹線が動き始める。これで君にはもう二度と会えない。君は最後に振り絞った笑顔で、こちらに手を振っている。その姿を見て、僕も込み上げてくる悲しい思いを抑えきれず、泣いた。

一年が過ぎ、僕はまだ君のことが好きだった。あれから、何度も君に連絡をしようとした。君はどんな気持ちなんだろうか。
あの頃見ていた君の笑顔は一生僕の心から、消えることは無いだろう。

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