【サラリーマン生活】裕次郎と拓郎
わたしはサラリーマンだ。
どちらかといえば昭和のサラリーマンだ。
上司である会社のえらい人と飲む機会がそこそこある。
そこで必要となるのは幇間スキルだ。ま、女だけど。
若いサラリーマンは、令和の御代にそんなのは時代遅れだと思うだろう。
しかしだ、時代は令和であっても、会社のえらい人はバリバリ昭和のオッサンやおじいちゃんなのだ。
以前仕えていたオーナー社長は、行きつけのスナックで石原裕次郎を歌うのが好きだった。
これは余裕でクリアできた。
母が裕ちゃんファンだったので、わたしもたいていの曲はわかるし、歌える。
映画の話だってそこそこできる。
石原軍団はますらおの鑑だと思っていたほどだ。
だから「赤いハンカチ歌ってくださぁい」とか「夕陽の丘歌いましょうよぉ」なんて言えたのだ。
銀恋やブランデーグラスを持ち出さないのが幇間としての腕の見せ所だ。
そして、今仕えている会長も、行きつけのスナックでなにやら歌っているらしいと小耳に挟んではいた。
会長と会食中のことだ。
「カラオケには行くのかね」
(きたきた)「長いこと行ってませんが、運転しながら歌ってます」
「ほほう、なにを歌うのかね」
(正解がわからんぞ)「最近は欧陽菲菲歌いますね」
「おーいいねー。雨のなんとかっていい歌あったねー」
(よっしゃきたで)「雨の御堂筋ですね、歌いますよ」
「会長はなにを歌われるんですか」
「たくろうだね。チューリップとか風もね」
(たくろう…吉田拓郎か)「い、いい歌たくさんありますよね」(いけるか?いけるのか?)
「キャンディーズとか歌える?」
前のオーナー社長より一世代近く若い会長は、70年代が青春時代。フォーク世代だ。
これはまずい、苦手分野だ。
近いジャンルで好きなのは森田童子だし、ジュリーや郷ひろみならイケるが、拓郎はダメだ。
中村雅俊あたりで手を打ってほしいが、そうもいくまい。
来る日に備え、まずは自分が何を歌うかを考えておかねば。
サラリーマンの予習タイムだ。
まずは持ちネタから使えそうなものをさがす。
久保田早紀で様子見して、朱里エイコでかましてみるか。
百恵ちゃんの「さよならの向う側」の2番を広東語で歌うとかアリか?
ハイファイセットはどうか?
フォークじゃないな。新ネタを仕入れないと。
そして拓郎だ。
Spotifyで拓郎ベストと「70年代 邦楽 フォーク」のプレイリストを舐める。
Spotifyがあってよかったよほんと。
拓郎の人気曲の5位に「よろしく哀愁」があるぞ。
郷ひろみじゃないのか。
こんな声なのか、拓郎。
「下駄を鳴らして奴が来る」だと思ってたら、歌ってるのはムッシュだし、
拓郎のこと全然知らないんだな、わたし。
この膨大な曲の中からお気に入りを見つけられるだろうか、拓郎。
ところで、わたしが仕えるえらい人たちは、
好きな歌手を「裕次郎」「拓郎」と下の名前で呼ぶ。
「聖子ちゃん」「明菜ちゃん」みたいなものか。
でも「哲也」「ひろし」はあまり聞かないな(誰だかわかんないからだよ)。
サラリーマンの夜は長い。