電話が苦手すぎて歯医者の定期検診の予約ができないまま二ヶ月が過ぎようとしている
突然だが、わたしは電話が苦手だ。ほんとうに苦手だ。
どれくらい苦手かというと、そろそろ髪を切りたいなと思ってから美容室にカットの予約の電話をかけるまで、2〜3ヶ月は要するようなレベルで電話が苦手だ。ふつうの人はこれをその場で電話して、早ければその次の日にでも美容師さんに髪を切ってもらっているのだろうと想像するだけで、気が遠くなる。なんだそれ、あまりに生きるスピード感が違いすぎる。
そんな人間だから、歯医者の定期検診の電話予約ができないまま、二ヶ月が過ぎようとしている。
決して歯医者が嫌いとかめんどくさいとか、そんなんではない。むしろ、検診していただきたい気持ちは溢れるほどにある。なんなら、検診の案内のハガキが届いたその日から、わたしの心はあの診察台の上に寝転んでいる。歯は大事だ。わたしがこうして電話から逃げている間に、わたしの口内では歯周病や歯槽膿漏や虫歯が着々と進行していたらどうしよう。しかもその原因が、歯を磨かずに寝てしまうとか乱れた生活習慣やストレスなんかじゃなく、ただ歯医者に電話をかけられないから、だなんて。わたしが虫歯菌だったら、鼻で笑ってしまう。
電話の何がだめって、相手の日常の流れをぶった切って半ば強制的に自分とのコミュニケーションの時間を割り込ませる機能がだめ。「はい!相手捕まえた!喋ってどうぞ!」みたいな。たとえるなら、カラオケで歌えない歌のサビ前のタイミングでいきなりマイクを向けられたときのあの気持ちに近い。ぜんぜん、いいのに。ほんと、わたしとの会話なんて気が向いたらでいいんだ。なんなら留守電をお互いに送りあってやりとりしたっていい。むしろ、検診の案内のハガキに「いついつのこの時間に来い!」とかって書いて寄越してくれて構わない。そしたらその日、どんな予定を差し置いてでも行くから。
似たようなところでいうと、エレベーターの階数ボタンパネルの端の方にある「緊急時には押し続けてください。外部とつながります」ボタンや、自転車駐輪場の自動精算機にある「お困りの際は押してください。係りの者が出ます」ボタン、公共施設内のトイレの中なんかにある「緊急時には押してください。職員が対応します」みたいなボタンも、いざ自分がそれを押すべき状況になっても、その機能をうまく活用できるかどうか自信がない。テクノロジーが人間を殺すとは、まさにこのことである。
相手の様子が電話口から見えないことも、不安を募らせる材料だ。どうする?相手が赤ちゃんをやっと寝かしつけたタイミングだったら。どうする?相手が崩れかかったダンボールの山を必死で押さえてる瞬間だったら。どうする?相手がけん玉のもしもしカメよの世界記録更新中だったら(世界記録11時間とか出てきて笑ってしまった、もはや回数とかじゃないのね)。
電話の持つ最大の利点、即時性のあるコミュニケーションこそが、わたしを大いに苦しめる。
ごめん、グラハム・ベル。あなたは悪くない、悪いのはぜんぶこのわたしなんだ。
電話はかけるのはもちろんだが、かかってくるのも苦手だ。家の固定電話やiPhoneの着信音を聞くだけで慄いてしまう。前もって電話のやりとりを約束していた相手や、かかってくることが想定できていた相手、親しい間柄の相手なんかでないとまず出られない。非通知着信なんてもってのほかだ。名を名乗るところから出直してきてほしい。もしもわたしが宇多田ヒカルのAutomaticの歌い出しに出てくる「君」だったなら、ベルが7回鳴ろうと10回鳴ろうと20回鳴ろうと、受話器を取ることは永遠にないだろう。
ただ、かかってきた電話にかろうじて出ることができたとしても、そのあとに続く会話は「電話越しにコミュニケーションをとる」という状況の処理に精一杯で、相手の話があまり頭に入ってこない。通話終了ボタンを押しホッと一息ついたあと、「で?」となってしまいかねない。それはさすがにまずいので、相槌を打ちながらメモをとったりしてみるのだが、緊張をほぐそうとそのとき自分の中でアツいワードを書いて無駄にレタリングなんかしちゃったり、そのときの自分の気持ちをイラスト化しちゃったりして、電話よりそっちの方に熱中しちゃうからもうほんとにだめ。そんでそういうときに限っていいのが描けたりするこの現象に誰か早く名前を。
(一例)
こんな記事を書いてる暇があったら早く歯医者に電話しろよ、と思っただろう。わたしもそう思う。むしろ、そうしたい。
では、さあ、いざ、本当に電話をかけるとなると、まずは通話開始ボタンを押す前に、相手の現在の様子をより詳細に想像するところから始めなければならない。やはり、どんなにコミュニケーションツールが便利になろうと、その受け手となる相手の事情へ想像力を働かせることまで省略してはならない。もちろん、電話で話す台本までつくる。
☎︎コール音
「はい、◯◯歯科でございます」
「あ、いつもお世話になっております、こいぬまめぐみです。定期検診の予約をお願いしたいのですが……」
「かしこまりました、いつ頃がよろしいですか?」
「えーっと、来週の午前中でどこか空いてる日はありますか?」
「はい、来週の午前中ですと、水曜日の10時以降が空いております」
「あ、では水曜日の10時にお願いします」
「かしこまりました、水曜日の10時からこいぬま様ですね。月初めですので、保険証を忘れずにお持ちください」
「わかりました、よろしくお願いいたします」
「はい、ではお待ちしております」
「はーい」「「失礼致します」」
余韻を残しながらそっと通話終了ボタンを押す
あ……今先方を想像してみたら歯科衛生士さん、領収書印刷しようとしたらプリンターの用紙切れてて裏にとりに行っちゃった……。
明日こそは、かけられますように。
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