小説 | 団地の夢 1
街中に広がる春の匂い
本当なら駅から徒歩1分の最新式メゾネットマンションとやらに住むはずだったのに。
薄気味悪い蔦に覆われた団地の壁を睨んで思う。
どうしてこんなところで暮らさないといけないのか。
母の後ろをついていきながら、汚らしい団地の景色を眺める。
築45年、駅徒歩10分、敷金礼金なし、家賃格安、5階建て3DK…だっけ。
母子家庭や低所得者世帯向けに行政が用意した住まいだ。
団地の壁には「レトロ」と言えば聞こえが良いが大層センスのない風船や恐竜のイラストが描かれている。
お洒落とは言い難い謎の模様が施された壁のタイルにもうんざりしてしまう。
住人のなかには自給自足という名目で作物を育てている人もいるようだ。道端や駐車場の周りなど、土が剥き出しになっている場所には大抵何かが植えられている。
大変失礼ではあるが、私にはただの薮にしか見えない。
団地内に設置されたベンチにはぽつり、ぽつりと住人が腰をおろし日光浴などを楽しんでいる。高級マンションの景色なら微笑ましい様子なのだろうが、古びた団地内だとどこか物悲しさを感じる。
「ついたよ。」
母に話しかけられ、管理人室と書かれた看板に目をやる。
「すみません、今日から入居するカワサキと申します。」
母はインターホンを押しながら管理人さんを呼び出した。
もうヨシダではないんだな。と思いながら母と管理人さんを待つ。
しばらくすると中から声がして
「はーい、開いているのでどうぞー」と男性の声がした。
母は失礼しますと言いながら管理人室のドアを開けた。
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ドアが空いた瞬間私と母は目を疑った。
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