キレイなお母さんでいる必要ある?
このnoteでは正直な話をしよう。
結婚も妊娠もしていなかった頃、
小さい子どもを連れながらキレイにしている女性を見ると心の中でヒイテいた。
ましてや雑誌やネットなんかで
「ママだってオンナらしくありたい!」
「ママだって可愛いって言われたい!」
「ママだってキレイを諦めない!」
などというキャッチコピーを見るたびに
ウンザリしていた。
いやいや、キレイはあきらめて子育てしろよ。
メイクよりも子どものこと見てやれよ。
配偶者もいて子どもにも恵まれて、どんだけ欲張りなんだよ。
本気でそう思ってた。
私は、子どもが生まれたら
お母さんらしくなりたいと思ってた。
なんならジャイアンの母ちゃんで良いと思ってた。
疲れてたってやつれてたっていいって訳じゃないけど、
健康的で、清潔感があれば、それで十分じゃないかと。
さて、子どもと一緒に生活をしている今、
ひしひしと感じる。
キレイにするどころか、外出するだけで精一杯だ。
仕事をしているから、やはりスッピンという訳にもいかない。
朝のバタバタの時間、化粧しないで出られるならいくらか楽だろう。
先日美容院に行けたのは10ヶ月ぶりだった。
洋服も、妊娠前から何年同じのを着ているんだろう。これは3年?5年?
新しい靴買わなきゃと思って1年以上たつ。
会社の人には「〇〇さん、いつも同じ服」って思われてそう。
いっそ制服にしてほしい。
毎日疲れ果て、
健康的も清潔感も叶っていないかも。
人から注意をされるほどにはボロボロじゃないから大丈夫?
いや、ボロボロすぎて逆に注意できないのかも。
こういうのって客観視できない。
(それでも夫はキレイだよと言ってくれたりするけど、ごくたまに。)
客観視できないけど、まざまざと現実を見せつけてくれるのはスマホのカメラだ。
息子と自撮りで遊んだりすると、
ノーメイクで青白く痩せ細ったオバケが一緒に写る。私だ。
ごめん、血色を足すためにリップ塗ってもう1回撮ろうか。
そういうことになる。
可愛い息子と一緒に写るためには、それなりにイケてる自分にもっていく必要がある。
フレームから外れてばかりは悲しい。
子育ての過酷さの真っただ中に入ってはじめて、キレイでいるためには並々ならぬ努力が必要だと痛感する。
店に行く時間はおろか、ネットショップを見る時間も体力も残っていない。
オシャレな人を見て感じるのは、正直に言うとただの嫉妬だ。
流行のファッションや美容に対する熱量、
それにつぎ込む財力、
私にはどちらもそれほど無いし、
それでいてオシャレが似合っている人を見ると嫉妬を超えて感心し尊敬した。
私の外見を作るものは、
社会通念的に仕事の服装として大丈夫か、
息子といて幸せそうか、
そういうものかと思う。
それに加えて笑顔でいられれば、
「あのお母さんはキレイにしている」と
人から思ってもらえたりするんだろうか。
写真は熱狂的な支持を集める人気雑誌のVERY。
たまに発作的に買っては、「私にはムリ!!」となります。
でも面白いんですよね。