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愛子と音楽と女と男 - 花井愛子『YOKOHAMA 2・14』 -

本日は2/14。ハッピーバレンタイン❣️
というわけで、今回ご紹介する花井愛子作品は『YOKOHAMA 2・14』だ。

止まらない付箋。だから私は紙派です。

花井作品といえばかわちゆかりの挿絵の印象が強いが、今作はさとう智子の挿絵である。
私が2冊ほど読了したさとう挿絵作品はいずれも「別れを匂わせる描写から始まり出会いから現在までの長い回想に入る」展開になっており、かわち挿絵では未だ出会ったことのない構成であった。これはウエットな情景を描くのがうまいさとうの挿絵とも合っており、花井作品を読み重ねていくと挿絵との親和性を実感する。

花井作品が当時の女子全般にウケた要因のひとつに、男子のコミュ力の高さがあったのではないだろうか。主人公が恋する男子は一様にコミュ力が高く軽快で行動がスマートだ。そして今作に出てくる男子ももれなくそうであった。
人懐っこい系の高三男子・市村ことイチはアルバイト先のマックでお客として来ていた中三女子・沙里に声をかけ、名前を聞き出した直後に「サリィ」という即興で作ったあだ名で呼び始める。ウブな人間ならなかなか越えられない一線をゴム跳びのように飛び越える軽快さ、リズミカルにすぐオトすテクニック。ここら辺の流れもいかにも80年代で痺れる。
ちなみに、「イチ」も市村自身が沙里に要求して付いたあだ名である。

そんな二人は初めてのデートをする。
沙里は出会いの場所でもあるマックデートを所望。その希望通りに決行するも、知っている場所でデートをするリスキーさに自己嫌悪する沙里。そこでイチが打診する。

やさしい、あいつは。
にっこりして、言った。
「次のデートは、横浜に、しようぜ」

YOKOHAMA。

花井愛子『YOKOHAMA 2・14』

中三女子、あまりの刺激に頭がバグったのか突然のローマ字呟きである。

2度目のデートである、YOKOHAMAドライブが。
あたしにとっては。
息苦しいほど幸せな、想い出になった、2・14。

花井愛子『YOKOHAMA 2・14』

内容の象徴だと思っていた「YOKOHAMA 2・14」というタイトルだが、「バレンタインデーに車で横浜」というハレが決定打となり、このセリフ以降、まるで歴史に名を刻んだ年号のようにお馴染みの名称として度々出てくる。

ところで、花井作品というと固有名詞を多く取り込む特徴があり、当時の風俗や文化を体感できる側面もある。
今作は車内でのやりとりがメインの作品だ。カーステレオから流す音楽も物語を彩るひとつとなっている。
付き合っていた一年の間に蓄積していった思い出とともに、持ち寄ったお気に入りのカセットテープは車内に置かれたカセット・ボックスに詰め込まれていた。

あたしの目は。
カセットのラベル文字を、追ってる。
春の、オメトラ。
夏の、チューブ。
秋の、マイケル・ジャクソン。
冬の、TMネットワーク。
あいつ好みの音たちと。
それぞれが、流れてた、情景が。
ふあああああっ……。
超高速コマ送り風に。
あたしの頭の中を、走る。

花井愛子『YOKOHAMA 2・14』

思わず目に留まる、軽快なJ-POPに紛れた「秋のマイケル・ジャクソン」。

今作は1988年2月に刊行されている。ということは、この二回目のYOKOHAMA2・14も同様の時期とみてよいだろう。それを踏まえると、カセットテープは1987年に作られたものがほとんどだということだ。
四季折々のイチのお気に入りは1987年に人気が定着していたアーティストたちである。オメトラ(オメガトライブ)とチューブの好きの傾向は分かる。TMネットワークもこの年に『Get Wild』をリリースしており、イチは流行にノリつつ一定の好みがあることが垣間見れる。
「キング・オブ・ポップ」の異名を持つマイケルがここに入るのはあるのかもしれないが、やはり一抹の違和感を覚える。イチの秋に何かあったのか?いやしかし、もしかしたらこの三者の流れを組むようなPOPな曲をリリースしたのかもしれない。1987年秋のマイケルのヒット曲を調べてみた。

1987年9月リリース、まさかの『bad』である。
差別や偏見への問題提起を孕んだロックテイストなこの曲をイチはヘビロテしていたのだろうか。心の転機を迎え、ワガママなサリィの下僕のような日々に悶々とした気持ちを募らせていたのかもしれない。実際、秋を通過したくらいからイチの様子がおかしいと沙里が感じ始めている。
秋のマイケル・ジャクソンを経て、二回目のYOKOHAMA2・14の頃には二人は完全にすれ違っていた。

初めての優しい彼氏に舞い上がった幼き沙里はワガママを尽くしイチに愛想つかされる寸前。そこに落ちる女の影ー。
カセット・ボックスには二人のお気に入りの音楽しか入っていないはずであった。しかし、手書きで書かれた二人のラインナップの中に突如現れたレタリングシール文字。それはイチが大学の友人・絵理から借りたカセットテープだった。
刻まれし名、それは『SHOW-YA』。
なかなかのパンチ力である。
沙里のお気に入りがチェッカーズに対し、絵理はSHOW-YAである。アイドル男性バンドに対して、女性ロックバンドというのも象徴的だ。その上、ガールズバンド先駆者二本柱のひとつ・ソフトロックなプリンセスプリンセスではなくもう一本の柱・ハードロックなSHOW-YAなのである。
私の中で修羅の火蓋が切られる音がした。

先に言ったようにこの世界線が1988年の2月ならば、この頃聴かれていたSHOW-YAのアルバムは『IMMIGRATION』で、タイムリーなシングル曲は『孤独の迷路(ラビリンス)』だろう。

WOW WOW おまえを
WOW WOW なくした
WOW WOW 夜には
雨に打たれて泣いたよ
稲妻が走った空には この胸がはり裂けた悲しみ

SHOW-YA『孤独の迷路(ラビリンス)』

歌い出しからもう激しい。
つきあってるコがいると断わってもトモダチ以上になれなくてもよいと言っていた絵理。さすが情念のSHOW-YA好きである。

しかし事は私の予想を逸れていく。
その後にイチから語られた絵理が「都合のいい女」だったからだ。
落ち着いてたり、しおらしかったり、つつましやかであったりする絵理にサリィと違う魅力を感じ、一緒にいるとやすらいでしまっていた、と告白するイチ。「振り回されないから、ラク」だったと。
ほんとうか?お前が見ていた絵理は本当の姿だったのか?

物語は進み、こんがらがった糸がほどけ沙里たちは仲直りに至る。イチは言う。

肩のこらないヤツって、いいな、とか、思った。絵理は、オレのこと、好きって言ってくれて。オレも、絵理を嫌いじゃないなって、考えたりした、けど……。絵理が、オレの前で、なにしてても気にならないってのは。惚れてないからじゃないか? きょうの、サリィ見てて、自問自答してたんだ。絵理みたいな女のコ、であれば。絵理じゃなくたって、いいんじゃないか? 絵理には、申しわけないんだけど、絵理が、いなくなったら、また、絵理みたいなコに、会えるって、思う。でも、サリィは。サリィは、さ。サリィみたいなコって、考えたら、ほかに、いないって、わかったりして、さ

花井愛子『YOKOHAMA 2・14』

惚れてないのは仕方ないとしてそれ以外が失礼すぎるイチを横目に、彼が言うような「またどこかで出会えるような女の子」とは思えない絵理の奥深さについて考える。
片思いしている男子に一歩引きつつ安らぎを与え、一方でSHOW-YAを好んで聴いている。しかもそのカセットテープを意中の彼に貸すわけである。絵理の中にある炎を感じずにはいられない。もしイチとの恋が進展していったら絵理はどんな変化を遂げたのかー、私の妄想は尽きないのである。

絵理にはこの一年後に発売された『限界LOVERS』を地でいく新しい恋愛が始まっていることを願うばかりだ。

天使よりも 悪魔よりも
刺激的な 愛が欲しい
昨日よりも 明日よりも
火花散らす 今が欲しい

SHOW-YA『限界LOVERS』


では、みなさま、そして絵理よ、素敵なバレンタインを。

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