少女小説界の浮世絵 ー花井愛子的宝塚入門『夢行き階段』<1>
突然だが、私はスポーツ漫画が好きだ。スポーツすることは苦手だが読むとなったら話は別。
スポーツ漫画は成長物語であり、チームメイトやライバルが多数登場するだだっ広い群像劇である。また、試合中の緊張感ある攻防戦、ピンチ時での覚醒など、日常と非日常のメリハリや高揚が読み手として駆り立てられるからだ。
少女漫画でそれに当てはまる非スポーツ漫画がある。それが演劇漫画だ。
その代表中の代表が『ガラスの仮面』だろう。美内節も相まって、どんなスポーツ漫画よりスポ根であった。文字通り血が滲む準備を乗り越え、公演という名の”試合”に出るのである。それ以外の数多くある演劇系少女漫画を網羅しているわけではないが、恋愛が絡んでいても少なからず演技法に対して苦悩する姿が描かれているように思う。
ただいまMELODYで連載中の『かげきしょうじょ‼︎』は、先の『ガラスの仮面』のオマージュをコミカルに織り交ぜながら、男だけの世界<歌舞伎>を対比に女だけの世界<宝塚>、その中でも音楽学校を舞台に話を繰り広げている。
そして少女小説だ。
なんと、花井愛子も宝塚音楽学校を舞台にした作品を書いていることを知った。
これは読まねば!となんとか手に入れて読んだが、改めて花井節を突きつけられることになる。
以前、私は『少女小説ガイド』のコラムやnoteの投稿にて、
「句読点の奇抜さ」
「構成の歪さ」
「助動詞コラージュ、オノマトペの独特さ」
を花井作品の主な特徴に挙げたが、
「予想外の主題の選定」
も追加したい。
演劇を扱った作品というと『ガラスの仮面』の印象が強すぎる私としては、主題のギャップに慄いたのである。
『夢行き階段』。
予定では更なる続巻があるはずだった全二巻。主な登場人物は、ルウ(一巻時高二)、マキ(高三)、サヤ(中三)。一巻ではルウを主人公に宝塚音楽学校に受かるまで、二巻では主人公がマキに移り宝塚音楽学校生活を描いている。
ただ、この作品、演劇・宝塚を扱った作品としては異端である。
ファン目線が強めなのである。
中略の部分は、”本駅”から宝塚大劇場の入場券売り場への道筋を細かに描写している。
そしてツウの行き方は、友人エミちゃんを使って解説。
もう「るるぶ」である。
しかし、ネットなどがない時代にこういう深度ある情報を得るのは難しかったのではないか。何年もかかって仕入れる、ファンにとっての孫の手がこの作品には盛り込まれている。
また、宝塚歌劇団のファン間には色々な決まりごとがあることで有名だ。
知らぬは罪となってしまうこともある。それを彷彿とさせる場面がある。
そこはかとなくマウントを感じる描写だが、特記すべきは内容だろう。
やっていいことの線引きだけでなく、リアルな役者の愛称をセリフに盛り込むことで、入門書的役割をしている。
演劇作品といえば、演者の凄さを表現するとき観る側の説明的な感情で読み取らせる手法がある。『ガラスの仮面』を見てみよう。
また、時には状況説明もしてくれる。
驚愕して思わず声が漏れる方式で直接的に表現しきれないところを補完しているわけだが、『夢行き階段』はこの手法を演技の方ではなく宝塚歌劇団に関する豆知識に使っている。
もはや小説の域を脱してる感があるが、私はふと江戸時代の”浮世絵”に思いを馳せた。
浮世絵というのは元来、芸術ではなく「今を読み解く情報絵」だった。今バズってる役者や、現時点での風景、旬の行事など、今を知るツールであった。浮世絵は「るるぶ」であり「東京ウォーカー」だったのだ。
「今」にこだわった花井の少女小説はまさに当時の「浮世小説」だったのではないかと、本作を読んで強く感じたのであった。
と、ここでもう2000字を超えてしまった。『夢行き階段』くらい話が進んでない…。
ということで、こちらもStep2よろしく<2>へ続く!