彼女と連ねる英単語帳
私は大変不純な動機で勉学に励んだ。
私が塾に通い出したのは高校2年生であり、中学から勉強をサボり続けていた私に塾のテストは難しすぎた。当然一番下のクラスであり全くといっていいほど最初はついていけなかった。
そんな中塾の廊下を歩いているときに前から歩いてくる女の子に目を奪われた。
男子校生の私はどうにかして話そうと考えた。が、そのチャンスはすぐにやってきた。たまたま夜食を買いに出た塾近くのコンビニに彼女はいた。私は勇気を振り絞り声をかけ連絡先を交換したのであった。
話が合いすぐに仲良くなった。当時はSNSといったものはなくメールのやり取りが大半であった。
ただ彼女は非常に優秀であった。この時に私は初めて中学で勉強をしてこなかったことを悔やんだ。授業前に少し言葉を交わし、分かれて入るクラスは最上位クラスと最下位クラス。大変惨めであったことを今も思い出す。
やり取りをするようになり1月ほどが経った時、私はふと一つの提案をした。メールの最後に最近覚えた単語を記してくれ、と。彼女は快諾してくれた。
メールは返事を送ると件名にRe:が続いていく。いつしか彼女とのメールは無限にRe:が続き、忘れられない英単語帳となった。
私は彼女に追いつくために猛勉強を開始した。高校3年生は一緒のクラスで学びたいと思っていたからだ。英語は苦手であったが彼女との英単語帳のおかげでなんとか喰らい付いた。 1年ほど他愛のない話をする楽しい日々が続いた。気がつけば英単語帳は1000単語を超えていた。そして明確に実力をつけていた私は高校3年のクラス分けテストに挑んだのであった。
惨敗であった。全ての科目で2番目のクラスとなったのである。
当時の私にはこれを受け入れる力はなかった。彼女は何も気にしていなかったと思うが、私はとてつもなく悔しかった。
そして悔しさを隠すために私は思わず心にもない言葉を送った。
『だらだらメールするの飽きてきたわ』
『わかった。これでメールも話すのも最後にしよう。お互い受験に集中しよう 3/13 coffin』
当時の私は素直に自分の気持ちを伝える術を知らなかったし、振り返って謝ることも出来なかった。いや謝罪のメールは書いたがそれは永遠に未送信ボックスで眠ることになった。
卒業まで私は彼女と肩を並べられるほど優秀にはなれなかった。異なる大学に進学することになり、語ることは叶わないほど距離のある関係となった。
最近風の噂で彼女にも子供が生まれたと聞いた。
私は今でも思い出す。学ばなかった自分が手放したチャンス、思わず口にしてしまった心無い言葉、素直になれずに送れなかった謝罪のメールを。
『ごめん、また話そう。 3/15 cradle』