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喫煙所の窓 [ショートショート]

風の強い朝だ。通勤ラッシュを抜けた私は、オフィスビル一階の喫煙所に入った。灰皿の周りに数人が立ち、黙々と煙草を吸っている。灰皿の銀色の縁は擦り切れ、どこか安っぽい光沢を放っていた。

窓際に立ち、ライターを取り出す。吸い始めた瞬間、視界の端に誰かの視線を感じた。振り返ると、スーツを着た中年の男性がこちらを見ている。「すみません、火を借りてもいいですか?」と彼は尋ねた。私は軽く頷き、ライターを差し出した。

煙草の火をつけた彼は、少しお辞儀をしてから窓の反対側に立った。彼の口元から吐き出される白い煙が、微かにゆらゆらと揺れている。窓越しに見える景色は、道路を挟んだ向こうの公園だった。木々の間から小学生たちが走り回る姿が見えた。

「ここ、落ち着きますよね」と、突然彼が話しかけてきた。私は驚いたが、特に表情は変えずに小さく頷いた。「外は寒いけど、この窓越しの景色が良いんですよ」と彼は続けた。煙草の灰を落としながら、私は適当に「そうですね」と返した。それ以上話が広がることはなかった。

彼が先に煙草を消し、喫煙所は私一人になった。残された空気には、タバコと冷えた冬の空気が交じり合った独特の匂いが漂っていた。私はもう一本取り出し、火をつけた。窓の向こうでは、街路樹の黄色くなった葉の最後の一枚が、さらに強く風に煽られていた。

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