【転載】「前科者は送還してしまえば良い」というのは政府の方針にも反します〜入管庁資料「現行入管法上の問題点」の問題点
こちらも2021年12月31日に「論座」に掲載されたものを転載します。
こちらのnoteでも2021年12月2日に産経新聞の報道を受けて、同じタイトルで書いていますが、「論座」の方は、同月21日の入管庁「現行入管法上の問題点」を受けて書いたものでした。
2021年12月21日、出入国在留管理庁は「現行入管法上の問題点」という資料を公表し、その中で、2020年12月末現在の送還忌避者3103人のうち、994人が有罪判決を受けているというデータを公表しました。
この点については、12月28日に立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授の稲葉剛さんが「[60]入管庁はまだこんな使い古された手口を使うのか~「排除ありき」の政策押し通す印象操作 2022年は「モラル・パニック」の扇動に警戒を―人権がこれ以上侵害されぬように」との論考を論座で発表され、的確な批判をされています。
ここでは、あたかも「前科者は送還してしませば良い」というような政策は、政府が別のところで表明している方針にも反することを述べたいと思います。
出所者は社会内で受け入れて更生を~政府広報が唱えていること
様々な理由で罪を犯して服役してしまう方は、いつの時代でも、世界のどこにでも存在します。
そういう人たちのうち、死刑に処せられたり一生刑務所から出られない人の割合はごく僅かで、ほとんどの人たちは一定期間経過後に刑務所から出て来ます。再犯を防止するためには、刑務所内での教育も重要ですが、出てきた後の受け入れも重要です。
2020年7月17日付政府広報「再犯を防止して安全・安心な社会へ」でも、「2 再犯を防止するために必要なこと 出所後、『仕事』と『住居』がある環境を整える」ことが重要だとしています。
送還されたら「仕事」も「住居」もままならない
では、刑務所から出た後は、「仕事」と「住居」を整えることが重要なのは、日本国籍を有する人、あるいは滅多なことでは退去強制されない特別永住の在留資格を有している方だけなのでしょうか。その他の外国人は、本国に送還すれば良いのでしょうか。
日本に家族がいたり、あるいは長期間滞在して生活の根拠が日本にある、本国では迫害を受ける危険があってとてもまともに生活することができないような人は、送還されたら「仕事」も「住居」もままならないのです。
また、難民申請者は、「当該締約国の安全にとって危険であると認めるに足りる相当な理由がある者または特に重大な犯罪について有罪の判決が確定し当該締約国の社会にとって危険な存在となった者」でなければ送還できないのです(難民条約33条2項。この条文は、さらに相当厳格に解釈されなくてはならないことは、UNHCRの2021年4月9日意見概要を参照)。
犯罪防止のための国際協力~京都宣言で述べられていること
2021年3月に京都で行われた第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)で採択された京都宣言では、次のとおり述べられています。
また、政府が公表している令和2年版再犯防止推進白書(概要)でも「『京都宣言』の交渉過程において、『誰一人取り残さない社会』の理念を背景に、国際社会において再犯防止を推進すべきとの合意が形成」されたとあります。
つまり、
・犯罪防止のためには社会内の環境を整えるのが重要(宣言38)
↓
・犯罪防止のためには国際協力の促進が重要(宣言5、再犯防止推進白書)
というのですから、刑務所から出た外国人についても、「仕事」「住居」を中心とした社会内環境を整えるべく、国際協力をするのが重要ということになります。
ですから、「前科者は本国に送還してしまえ、後のことは知らん。」という態度は、京都宣言に反し、京都コングレスのホスト国としては大変恥ずかしいものといえます。
もっといえば、出入国在留管理庁は、以下の憲法前文を想起すべきです。
前科者は日本から追い出しさえすれば、後のことはどうなっても構わないというのは、この精神に反するのではないでしょうか。
ヨーロッパ人権裁判所や国連規約人権委員会では
前科があることを、在留特別許可をするか否かの消極要素の一つとすることはやむを得ないでしょうが、送還をするかどうかはそれだけで決められるものではありません。
ヨーロッパ人権裁判所や国連規約人権委員会では、前科が相当多数ある人であっても、「比例原則」という基準を用いて、その人が送還されることによって得られる国家の利益と、失われる利益(家族結合)を天秤にかけ、後者が上回る場合、強制送還は違法であるという判断をするのが定着しています。先進国では当たり前の判断手法と言えます。
このことは、2021年4月21日、衆議院法務委員会で参考人として意見を述べたときにもお話し、資料も配らせてもらいました(こちらの資料⑨)。
たとえば、ヨーロッパ人権裁判所で取り上げられたムスタキー対ベルギー事件というものがあります。
1963年に家族でベルギーに来たモロッコ国籍の青年ムスタキー氏が、未成年時147の犯罪で保護処分を受け、1981年に22の罪を犯し収監、1984年に10年間の入国禁止を伴う退去強制命令を受けた事件で、ヨーロッパ人権裁判所は1991年2月18日、この退去強制命令はムスタキー氏の家族生活の尊重に対する干渉に当たるとして取り消しを命じました(詳しくは川崎まな「退去強制事例における家族と子ども:ヨーロッパ人権裁判所の判例を素材として」参照)。
また、国連規約人権委員会が選択議定書に基づく個人通報がされたHusseini 対デンマーク事件も目を引きます。
1986年アフガニスタンで生まれたHusseini氏は1999年にデンマークに入国しましたが、2002年に強盗等で1年6月の禁固刑、2005年には強盗・強盗未遂などで5年6月の禁固刑を受け、退去強制命令・再入国禁止とされました。ですが2006年にデンマーク人女性と結婚し2児を設けます。ところが2010年4月にはさらに監禁、脅迫により4年9月の禁固刑を受けます。この事案で、国連規約人権委員会は、Husseini氏の退去強制が自由権規約23条(家族の保護)などに反するとして退去強制命令を違法と判断しました(詳しくは仲尾育哉「退去強制と家族の保護-Husseini 対 デンマーク事件」 国際人権26号、2015年、120頁)。
不満、怒りのハケ口をつくる~75年前と同じ手法
このように、前科者=危険だから排除しようという単純な図式は、政府広報や日本がホスト国となった京都コングレスでの京都宣言、憲法前文に反し、ヨーロッパ人権裁判所や国連の判断手法にも反するものなのでした。前科があるというだけで、帰してしまえばよいというのは、誤りです。
東大名誉教授だった大沼保昭さんの「単一民族社会の神話を超えて」には、(40頁)1946年の外国人登録令制定当時のこととして、「あまたの経済事犯のなかからとくに『第三国人』のそれを国会の場で取り上げ、政府がそれにたいする『厳正な取り締まり』をうたうこと、さらにマスコミが右の声を繰り返し増幅したことは、当時の深刻な経済情勢に対する一般庶民の不満、怒りのハケ口として朝鮮人、台湾人が選ばれたことを意味するものであり-大恐慌の後、深刻な経済状況にあったドイツでユダヤ人がスケープ・ゴートとされた事実を想起せよ-、このことは外登令制定の一般的背景として忘れてはならないだろう。」とあります。
有罪判決を受けた送還忌避者がたくさんいることを強調する出入国在留管理庁の手法は、冒頭でご紹介した稲葉剛さんが言われるとおり、「まだこんな使い古された手口を使うのか」といわざるを得ません。