【転載】「ウクライナ避難民」を口実に入管法案を再提出するなら火事場泥棒だ 日本政府は数千人規模の虐殺からのサバイバーに、戦火のアフガンへ強制送還を命じた
こちらも論座、2022年4月10日初出です。
当時は、法務大臣も首相も、ウクライナ避難民のことをダシにして入管法案を出したいと言っていましたが、1年経って2000人以上、補完的保護対象者制度が無くても保護できている実績を積んでいるので、言い出さなくなりましたね。
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2022年4月7日、時事通信が「『準難民』制度の創設目指す 入管法改正案、今秋にも再提出 政府」との見出しの報道をしました。
記事によれば、日本政府は、ロシアのウクライナ侵攻を踏まえ、難民条約上の狭義の「難民」に該当しない紛争避難者らを、「準難民」として保護する制度の創設を急ぐ方針ということです。
もし、これが、2021年の通常国会に提出されながら、国内外から多くの批判、反対を受け廃案となった入管法案(以下「旧法案」といいます。)を再提出しようというのであれば、とんでもない「火事場泥棒」というほかありません。
旧法案の「補完的保護」では、ウクライナから逃れる人は当てはまらない
対象は、難民条約の「5つの理由」以外で「迫害」の恐れがある人
旧法案で新設しようとしていた「補完的保護対象者」について、出入国在留管理庁は「改正入管法案Q&A」Q4で以下のとおり説明しています。
https://www.moj.go.jp/isa/laws/bill/05_00006.html
「〇 加えて、今回の法改正により、難民条約上の難民ではないものの、難民に準じて保護すべき外国人を「補完的保護対象者」として、難民と同様に日本での在留を認める手続を設けることとしています。」
ですが、政府案の補完的保護対象者は、難民条約が定める人種、国籍、宗教、特定の社会的集団、政治的意見という5つの理由以外で、「迫害を受ける恐れがあるという十分理由のある恐怖」を有する者を保護するというものです。
難民申請が認められない原因はむしろ、「迫害」をめぐるローカルルール
これまで日本の難民申請がほとんど認められなかったのは、5つの理由にあてはまらないということが原因ではなく、むしろ「迫害を受ける恐れがあるという十分理由のある恐怖」について、国際的には通用しない完全ローカルルールを用いて、極めて厳格な認定をしてきたからです。
たとえば、ここでいう「迫害」の主体について、入管は「迫害と申しますのは、一般的には国籍国の国家機関またその政府によって行われるものと解されておりますけれども、我が国における難民認定制度の最近の傾向といたしましては、このように非国家主体による迫害の申立てや、そもそも難民条約上の迫害に該当しないような申立てが相当数に上っているということが言えると思います。」との見解を示しています(2013年10月4日「第6次出入国管理政策懇談会」における妹川難民認定室長発言。https://www.moj.go.jp/isa/content/930002945.pdfの15頁)。
ロシアではなく、ウクライナ政府からの迫害の恐れがなければ当てはまらない
ウクライナから国外に避難している方々のほぼ100%はロシア軍による攻撃を恐れてのことと思います。ですが、日本政府の「迫害」解釈では、迫害の主体は原則として「国籍国の国家機関またその政府」なので、ウクライナ政府からの迫害から逃れようとしている人以外の危険は「迫害」にあたらず、旧法案の「補完的保護対象者」には当てはまらないことになります。
そして、筆者は2021年2月26日、「難民問題に関する議員懇談会」の会合で、出入国在留管理庁に対して、難民認定の解釈について変更するつもりがあるかどうか聴いたところ、ないと明言されました(https://twitter.com/Koichikodama/status/1365202946846154752?s=20&t=Ipc-NO-tv_aLqr0PZbB2dw)。ですから、「迫害」の解釈について、従来どおりの厳格なものを維持するのであれば、ウクライナから逃れてきた方々も「補完的保護対象者」には当てはまらないことになってしまいます。
全国難民弁護団連絡会議調べでは、入管が公表している資料に基づき2017年~2019年に人道配慮で保護された人たちが、政府案による補完的保護対象者として保護されるか検討した結果、18件中13件が保護されないという結果となっています(http://www.jlnr.jp/jlnr/?p=1794)。
日本政府は数千人規模の虐殺からのサバイバーに、戦火のアフガニスタンへ強制送還を命じた
ですから、今回報道された「準難民」というのが、旧法案の「補完的保護対象者」と同じものであれば、ウクライナからの避難民はまず該当する人はいないと断言できます。
ちなみに、筆者がかつて代理人をつとめたアフガニスタン難民は、1998年8月8日にタリバンが数千人を虐殺した「マザリシャリフの大虐殺」の際、脚を銃弾で撃ち抜かれる被害にあい、その後日本に来て難民申請をしましたが、日本政府は単なる内戦の被害者だから難民とは認めず、在留特別許可も認めないで、当時米軍によって空爆を受けている真っ最中のアフガニスタンへの強制送還を命じました。東京地裁、東京高裁もその判断を是認しました。
認定まで2年以上かかる~手続のスピードの問題
「補完的保護」には難民認定手続きが必要
さらに、報道された「準難民」が、旧法案の「補完的保護対象者」と同じなのであれば、手続のスピードでも大きな問題があります。
旧法案では、「補完的保護対象者」と認められるためには、「補完的保護対象者」認定申請をするか、難民認定申請手続をする必要がありました(法案61条の2第2項、同第3項)。「補完的保護対象者」認定申請を担当するのは、難民認定申請と同様、一次審査は難民調査官、二次審査は難民審査参与員です(法案61条の2の17、61条の2の13)。
難民認定手続の「標準」は6カ月なのに、平均2年以上かかっている
では、難民認定申請手続は結論が出るまでどのくらいの時間が掛かるのでしょうか。
出入国在留管理庁が公表した「令和2年における難民認定数等について」(https://www.moj.go.jp/isa/content/001345018.pdf)によれば、「一次審査の平均処理期間は約25.4月、不服申立ての平均処理期間は約26.8月」とのことです。平均2年以上がかかっています。本来、標準処理期間は6か月とされており(https://www.moj.go.jp/isa/publications/materials/nyuukokukanri03_00082.html#:~:text=%E5%B9%B3%E6%88%90%EF%BC%92%EF%BC%92%E5%B9%B4%EF%BC%97%E6%9C%88、%E3%82%88%E3%81%86%E5%8A%AA%E3%82%81%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82)、その4倍も掛かっているのです。
ですから、ウクライナから逃げてきた方々を「補完的保護対象者」として保護しようとすると、従来の難民認定手続に乗せるしかなく、直近のデータでは、結論が出るまで2年以上も掛かることが見込まれるのです。
現行法の下でも「難民」として認定できる
国連難民高等弁務官事務所のガイドラインは各国の認定指針
では、そもそも、ロシアの攻撃をおそれてウクライナから避難していた方々を保護するためには、新しい法律の枠組みが必要なのでしょうか。
国連難民高等弁務官事務所が2016年に公表した「国際的保護に関するガイドライン12」(https://www.unhcr.org/jp/wp-content/uploads/sites/34/2018/03/Guidelines-on-International-Protection-No.12_JP.pdf)は、武力紛争および暴力の発生する状況を背景とした難民申請について、「現場で難民認定にあたるUNHCR職員と同様に、各国の政府、法律実務家、審査官および裁判官に法解釈の指針を示すことを目的」とするものです。
ガイドラインに従えば、ウクライナから逃れる人のほとんどは「難民」
そして、このガイドラインに従えば、ウクライナからの避難民は、難民条約上の「難民」として認定・保護される人がほとんどであろうかと考えられます。
まず、ガイドラインの13項では、「武力紛争および暴力の発生する状況は、しばしば迫害に相当する人権侵害またはその他の深刻な危害へ直面させる危険をはらむ。そのような迫害は、集団殺害および民族浄化、拷問およびその他の非人道的なもしくは品位を傷つける取扱い、強姦およびその他の形式の性的暴力、強制徴兵・徴集(子どもを含む)、恣意的な逮捕および拘禁、人質行為、強制もしくは恣意的失踪ならびに本ガイドライン第18、19項で言及されたような状況を原因とした広範囲にわたるその他の形態の深刻な危害を含むが、これらに限定されるものでもない。」としています。
ロシアによる迫害も、難民条約上の「迫害」にあたる
また、迫害主体についても、国籍国の政府に限定されず(同ガイドライン28項)、国籍国政府がコントロールできない団体(今回はロシア軍・政府)によるものも難民条約上の迫害とされるのです(同ガイドライン30項)。
さらに、自らが積極的な政治的意見を表明したり活動をせず、中立的または関心の無い立場を取ったりする場合でも、迫害主体の政治的な目的にとって批判的であると考えられることもあり、それは政治的意見を理由とする迫害の危険と認められます(同ガイドライン37項)。
ガイドラインに沿って難民認定を。認定されなければ在留特別許可を
ですから、新しい制度を設ける必要はなく、現在の難民認定制度の中で、UNHCRのガイドラインに沿って適切に難民認定をすればよく、もし難民として認定できない方がいても、人道配慮による在留特別許可をすればよいのです(ただし、現在のような処理期間ではなく、標準処理期間を最低限守れるような人的・組織的な体制を整備するのは当然です。)。
7年以上前の提言を放置していた政府
2014年の専門部会提言を実現していれば慌てる必要はなかった
そして、実は上記の提案は新しいものではありません。
2014年12月に「第6次出入国管理政策懇談会・難民認定制度に関する専門部会」が発表した「難民認定制度の見直しの方向性に関する検討結果(報告)」では、次のとおり提言がされていました(https://www.moj.go.jp/isa/content/930003065.pdfの9頁)。
この提言を受けて、体制を整えておけば、今になって慌てる必要もなかったのです。
火事場泥棒を許さない
批判を浴びて廃案となった法案の再提出は問題外
上記提言を受けて7年間以上も放置していたところ、今回のウクライナ危機を受けて、旧法案に盛り込まれていた「準難民」の概念を持ちだし、あれだけ批判を浴びて廃案に追い込まれた法案の再提出を目論む政府の姿勢。私は真っ先に「火事場泥棒」という言葉を思い浮かべました。
ウクライナから庇護を求めてきた方々を保護するのは、現行法だけで十分対応できます。これに乗じて、どさくさにまぎれて、あれだけ多くの批判を受けた旧法案を提出する「火事場泥棒」は絶対に許されません。
以 上