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「そこが知りたい! 入管法改正案」について その6 「補完的保護対象者」では「保護すべき者」を保護できない。

「そこが知りたい!入管法改正案」「2 現行入管法の課題(入管法改正の必要性)(3)課題➂(紛争避難民などを確実に保護する制度が不十分」では、次のように書かれています。

難民条約上、「難民」に該当するには、➀人種、➁宗教、➂国籍、➃特定の社会的集団の構成員であること、➄政治的意見のいずれかの理由により迫害を受けるおそれがあることが必要となります。
しかし、紛争避難民は、迫害を受けるおそれがある理由が、この5つの理由に必ずしも該当せず、条約上の「難民」に該当しない場合があります。
現在の入管法では、こうした条約上の「難民」ではないものの、「難民」に準じて保護すべき紛争避難民などを確実に保護する制度がありません。
そのため、例えば、我が国では、令和4年3月以降、令和5年2月末までの間に、2,300人余りのウクライナ避難民を受け入れているところ、現状は、人道上の配慮に基づく緊急措置として、法務大臣の裁量により保護している状況にあり、こうした紛争避難民などを一層確実に保護する制度の創設が課題となっています。


そして、その解決策として
「4 入管法改正案の概要等 (1)保護すべき者を確実に保護」で

➀ 補完的保護対象者の認定制度を設けます。
 紛争避難民など、難民条約上の難民ではないものの、難民に準じて保護すべき外国人を「補完的保護対象者」として認定し、保護する手続を設けます。
 補完的保護対象者と認定された者は、難民と同様に安定した在留資格(定住者)で在留できるようにします。

なんだよ、「確実」って???

「補完的保護対象者」ではウクライナ避難民を救えない、火事場泥棒だということは、色々なところで何度か書かせてもらいましたが、改めて、それがまやかしであることを説明します。

https://webronza.asahi.com/national/articles/2022041000005.html

高いハードルはそのまま

入管法案の補完的保護対象者は、難民条約が定める人種、国籍、宗教、特定の社会的集団、政治的意見という5つの理由以外で、「迫害を受ける恐れがあるという十分理由のある恐怖」を有する者を保護するというものです。

これまで日本の難民申請がほとんど認められなかったのは、5つの理由にあてはまらないということが原因ではなく、むしろ「迫害を受ける恐れがあるという十分理由のある恐怖」について、国際的には通用しない完全ローカルルールを用いて、極めて厳格な認定をしてきたからです。

たとえば、「迫害」の主体について、入管は「迫害と申しますのは、一般的には国籍国の国家機関またその政府によって行われるものと解されておりますけれども、我が国における難民認定制度の最近の傾向といたしましては、このように非国家主体による迫害の申立てや、そもそも難民条約上の迫害に該当しないような申立てが相当数に上っているということが言えると思います。」との見解を示しています(2013年10月4日「第6次出入国管理政策懇談会」における妹川難民認定室長発言の15頁)。
ウクライナから国外に避難している方々のほぼ100%はロシア軍による攻撃を恐れてのことと思います。ですが、日本政府の「迫害」解釈では、迫害の主体は原則として「国籍国の国家機関またその政府」なので、ウクライナ政府からの迫害から逃れようとしている人以外の危険は「迫害」にあたらず、旧法案の「補完的保護対象者」には当てはまらないことになります。

このような高いハードルが、自由権規約委員会に「委員会はまた、難民認定率が低いという報告(第7条、第9条、第10条および第13条)にも懸念を抱く。」と懸念を表明されている、1%未満の認定率に繋がっているのです。
自由権規約委員会の懸念はこちら↓。


むしろ減ってしまうのでは?


全国難民弁護団連絡会議調べでは、入管が公表している資料に基づき2017年〜2019年に人道配慮で保護された人たちが、政府案による補完的保護対象者として保護されるか検討した結果、18件中13件が保護されないという結果となっています。その後、2021年までに広げて公表事例を検討したところ、29件中25件が「補完的保護対象者」には該当しないという結果が出ています(近日公開予定)。

ですから、「補完的保護対象者」では、ウクライナからの避難民はまず該当する人はいないと断言できます。

結論が出るまで32か月以上かかる


さらに、「補完的保護対象者」は手続のスピードでも大きな問題があります。
「補完的保護対象者」は難民認定申請をした人の中から、難民条約で定める5つの理由以外の理由で「迫害を受けるおそれがある十分理由のある恐怖」を有する人を「補完的保護対象者」と認定して、在留資格を認めるものです(法案61条の2第3項)。また、最初から「補完的保護対象者」として認定申請をすることができます(同2項)が、後者の場合も、一次審査を担当するのは難民調査官(法案61条の2の14)、不服申立段階には難民審査参与員が関与します(法案61条の2の10)。ですから、「補完的保護対象者」認定申請をした場合も、難民認定申請手続と同じ人たちが審査を担当することになるのです。

では、難民認定申請手続は結論が出るまでどのくらいの時間が掛かるのでしょうか。
出入国在留管理庁が公表した「令和3年における難民認定数等について」によれば、「一次審査の平均処理期間は約32.2月、不服申立ての平均処理期間は約20.9月」とのことです。
本来、一次審査の標準処理期間は6か月とされています。

なんと、標準処理期間の5倍も掛かっているのです

ウクライナから逃げてきた方々を「補完的保護対象者」として保護しようということは、結論が出るまで2年以上も掛かることが見込まれるのです。

現行法の下でも「難民」として認定できる
 では、そもそも、ロシアの攻撃をおそれてウクライナから避難していた方々を保護するためには、新しい法律の枠組みが必要なのでしょうか。
 国連難民高等弁務官事務所が2016年に公表した「国際的保護に関するガイドライン12」は、武力紛争および暴力の発生する状況を背景とした難民申請について、「現場で難民認定にあたるUNHCR職員と同様に、各国の政府、法律実務家、審査官および裁判官に法解釈の指針を示すことを目的」とするものです。
そして、このガイドラインに従えば、ウクライナからの避難民は、難民条約上の「難民」として認定・保護される人がほとんどであろうかと考えられます。
まず、ガイドラインの13項では、「武力紛争および暴力の発生する状況は、しばしば迫害に相当する人権侵害またはその他の深刻な危害へ直面させる危険をはらむ。そのような迫害は、集団殺害32および民族浄化、拷問およびその他の非人道的なもしくは品位を傷つける取扱い、強姦およびその他の形式の性的暴力、強制徴兵・徴集(子どもを含む)、恣意的な逮捕および拘禁、人質行為、強制もしくは恣意的失踪ならびに本ガイドライン第18、19項で言及されたような状況を原因とした広範囲にわたるその他の形態の深刻な危害を含むが、これらに限定されるものでもない。」としています。
また、迫害主体についても、国籍国の政府に限定されず(同ガイドライン28項)、国籍国政府がコントロールできない団体(今回はロシア軍・政府)によるものも難民条約上の迫害とされるのです(同ガイドライン30項)。
 さらに、自らが積極的な政治的意見を表明したり活動をせず、中立的または関心の無い立場を取ったりする場合でも、迫害主体の政治的な目的にとって批判的であると考えられることもあり、それは政治的意見を理由とする迫害の危険と認められます(同ガイドライン37項)。
ですから、新しい制度を設ける必要はなく、現在の難民認定制度の中で、UNHCRのガイドラインに沿って適切に難民認定をすればよく、もし難民として認定できない方がいても、人道配慮による在留特別許可をすればよいのです(ただし、現在のような処理期間ではなく、標準処理期間を最低限守れるような人的・組織的な体制を整備するのは当然です。)。

「確実に保護」の意味は?

入管が巧妙なのは、「補完的保護対象者」ができた場合には、現在よりも保護の範囲が広がるとか、増えるとかいう表現を慎重に避けつつ、何となくいまより人道的な対応が進展するかのような印象を与えていることです。
ですが、2022年4月の時点で、入管は「補完的保護対象者」でどの程度保護される人が増えるのか、試算はしておらず、その後するつもりもないと述べていました。

2023年2月20日にも、福島瑞穂議員から以下の質問をしたところ

3 ウクライナ避難民
(1)「難民以外の者であって、難民条約の適用を受ける難民の要件のうち、迫害を受けるおそれがある理由が難民条約第1条 A(2)に規定する理由であること 以外の要件を満たすもの」という要件に照らし、現在日本にいるウクライナ避 難民のうち何人程度が保護対象となるか、推計を行っているか。行っているな らその結果を明らかにされたい。
(2)政府が、前項の要件に照らし、現在日本にいるウクライナ避難民のうちで、 同要件に該当するという具体的判断をした事案があるか。あるならその件数を 明らかにされたい。
(3)その他「難民以外の者であって、難民条約の適用を受ける難民の要件のうち、 迫害を受けるおそれがある理由が難民条約第1条 A(2)に規定する理由である こと以外の要件を満たすもの」という要件に基づく保護の制度を設けた場合の、 現在日本にいるウクライナ避難民に対する保護可能性について検討した資料が あれば明らかにされたい。

入管の回答は、

3 ウクライナ避難民について
(1)~(3)について 当庁では、ロシアによるウクライナ侵攻により、避難を目的として、総理がウクライナからの避難民受入れを表明した3月2日以降にウクライナ又は第三国から本邦に入国 した者をウクライナ避難民として判断しており、お尋ねについてお答えすることは困難 です。

というものでした。やはり、試算はしておらず、検討もしていないのでした。

どうして、これで「確実に保護」なんてことが言えるのでしょうか?

もしかすると、現行の人道配慮による在留特別許可では、その後在留期間が経過してしまったりした場合には本国への送還を妨げられないが、「補完的保護対象者」と認定されれば、それは禁じられる(法案53条3項1号)ことをもって、「確実」と言いたいのかもしれません。

でも、危険だったら現行法でもまた在留特別許可出して送還しなければ良いだけです。「今の制度だったら危険なところにも帰してしまうかもしれない、だから、法律で歯止めを作ってくれ!」と言っているようなものです。🐴🦌なの?

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