難民審査参与員が年間1000件も処理できるのは、難民調査官による口頭説明だけで書類読んでいない、本人からのインタビューもしていないからでは?
入管法の立法事実の根拠となった難民審査参与員が年間1000件処理していたということについては、すでにに安田菜津紀さんが大橋毅弁護士のインタビュー形式で指摘してくれており、Twitterでも「大問題では」、「これでは法案の正当性が担保できない」、「入管法案の根っこが揺らぐ、というよりも崩壊」など、大きな波紋を呼んでいます。
ここでは、安田さんの論考を原資料に基づいて補足するとともに、入管庁の内部資料からすると、どうも、書類は読まずに難民調査官の説明だけで審査をしていた、それが年間1000件処理を可能にしていたのではないかという推論を述べたいと思います。
2023年2月 「現行入管法の課題」で引用されていた
入管が2023年2月に公表した「現行入管法の課題」では、2021年4月21日に行われた衆議院法務委員会での柳瀬房子さんの以下の発言が引用されています。難民申請の濫用者が多いという実態の証言として引用しているものと思われます。「現行入管法の課題」にはお名前は出ていませんが、国会の議事録を読めば、実名が出ていますからので、どなたの発言かは容易にわかります。
柳瀬さんの処理件数
2021年4月段階 2000人
柳瀬さんは、この参考人として意見を述べた際に、それまでの17年間の難民審査参与員としての経験で2000件以上扱ってきた、2000件中難民と認めた人は6件と述べていました。
2022年6月 3000人
2022.6.15 難民は「就労目的がほとんど」日本は冷たくない 不服審査員が見解(JAPAN Forward)では、次のとおり記載があります。
2023年4月 4000人
2023年4月14日 難民に当たる人は少ない(朝日新聞)では、
と述べています。
柳瀬さんは2年間で2000件を処理していることになる
平日毎日処理しても1日4件
このように、柳瀬房子さんは
・2021年4月の時点で、17年で2000件と述べていた
・2021年6月には3000人
・2022年4月には4000人
と、毎年1000件もの難民事件を担当して処理していたと発言しています。
年間で土日は104日、祝祭日が16日、年末年始は元日以外に6日で126日も休みがあります。平日は約240日です。
なので、柳瀬さんが、年間、暦通りに働いたとして、1日4件は処理する必要があります。
そうすると、インタビューはもちろん、申請者側が提出した原資料を検討することもなく、調査官が作った概要書だけで判断しているのではないでしょうか。2022年の記事であるような「一人100ページ以上に及ぶ資料を読み込んで対面で聞き取る」ことをしていたら、到底できる件数ではありませ
ん。
職員である難民調査官ですら年間18件弱
石橋通浩参議院議員の質問趣意書による政府回答によれば、2022年4月1日現在で難民調査官に指定されている者の数は405人でした。
そして、入管庁の発表によれば、2022年の一次審査の処理数は7237人です。
指定されている調査官全員が実際に事件処理しているわけではないようですが、現業の数は明らかにされていないので、この数字に基づいて計算すると、1人あたり年間で17.8件です。
柳瀬さんはその50倍以上も処理していることになりますね。
他の参与員は?
難民審査参与員だった阿部浩己教授は10年で500件くらいと言ってます。
1年で50件、1週間1件。それが常識的な数だと思います。
2023年4月21日の参考人質疑で、現役の難民審査参与員である安冨潔教授、橋本直子教授も、本村伸子議員の質問に対し、年間50件程度と回答しています(以下の本村伸子議員質問冒頭)。
https://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&deli_id=54552&media_type=
柳瀬さんは117人いる難民審査参与員が処理する年間件数の5分の1以上を処理している
石橋通宏参議院議員の2022年6月3日付質問主意書によれば、難民審査参与員の中に2016年から「臨時班」が設けられました。柳瀬さんの尋常ではない処理件数は、この「臨時班」における簡易な審査数を算入しているからとしか考えられません。
そして、入管庁作成の「令和4年における難民認定者数等」によれば、2022年の難民申請案件の振分け状況で、難民条約上の迫害事由に明らかに該当しない事情を主張している案件(B案件)は38件、1%程度を占めるに過ぎません(同4頁)。
他方で、同年の審査請求の処理数は5232件です(同6頁)。
柳瀬さんが、そのうち1000件を「臨時班」で早期処理したのであれば、全体の20%もの割合の案件を対象としたことになります。難民条約上の迫害事由に明らかに該当しない事情を主張している案件(B案件)の割合を遙かに上回り、20倍にも及びます。慎重に審理すべき事案を、ずさんに早期処理しているとしか考えられません。
難民審査参与員の数は2023年4月1日現在で117人です。
参与員は3人一組で処理しているとのことで、「臨時班」も同様ですが、それにしても、柳瀬さんがこれだけの数を処理しているというのは、信じがたく、一件一件をきちんと審査しているとは到底信じられません。
「事件概要書」すら読んでいない?
上記疑念を裏づける資料があります。
平成27年1月7日付「東京出入国在留管理局における難民異議申立事件の早期処理について」です。
これによれば、「口頭意見陳述放棄事件」及び「早期に処理をすべき事件」については、担当する難民調査官があらかじめ選択した事件について基礎調査を行い事件概要書又は事件概要報告票を作成することにはなっているのですが、「臨時班の参与員に事件を説明し、参与員から当該事件の処理方針を聴取する。参与員から書面審査の指示があった場合には、その旨の処理を行い、参与員から意見書の提出を求める。」とされています。「早期に処理すべき案件」は、同日法務大臣名で出された「難民審査参与員に対する事件配分等について」により、「臨時班」に配点されるのです(平成31年4月1日付法務大臣作成の同名書面も同趣旨)。そして、早期に処理すべきかどうかを判断するのは入管当局なのです。
法案の土台が間違っている
このように、2023年2月に作成された「現行入管法の課題」で引用された柳瀬房子さんの発言の基礎となっている数値は、2016年に設置された「臨時班」における簡易迅速な処理を前提としていると考えられます。柳瀬さんが2022年のインタビューで述べたような「一人100ページ以上に及ぶ資料を読み込んで対面で聞き取る」という慎重な審理を経ていたのでは、年間1000件もの処理が出来るはずがありません。
そうすると、柳瀬さんの発言を根拠に、難民申請者は濫用者だらけだという前提で設計された、入管法改定案は、その前提となる事実を欠きます。
そして、入管は柳瀬さんの審理実態を当然知っている立場にあります(知らなきゃ、それも問題)。そうでありながら、「現行入管法の課題」に柳瀬さんの発言を引用したのです。責任は重大です。
2023年4月18日付で国連の特別報告書らが日本政府宛に送付した共同書簡にあるように、この法案及び現行の入管法を、自由権規約、難民条約、拷問等禁止条約などに適合するように、徹底的な見直しをする必要があります。