【転載】ウィシュマさん最終報告書が示した改善策、入管の「取組状況」を検証したら中身はなかった第三者による徹底的な検証と改革を
こちらも、「論座」2022年5月6日掲載分からの転載です。
この改善策のうち、9番目の「被仮放免者に関する民間団体との連携等」は、2023年5月に更新されたこちらでも実施状況が記載されていません(ほかは、日付が入っています)。
2023年4月18日、衆議院法務委員会での鎌田さゆり議員の質問に対し、西山卓爾入管庁次長は、次のとおり答弁していました。
「アプローチ」の「努力」で、アプローチすらしていないというのはどういうことなのでしょうか。不思議です。
ウィシュマさん最終報告書が示した改善策、入管の「取組状況」を検証したら中身はなかった第三者による徹底的な検証と改革を
2021年3月6日に名古屋入国管理局で亡くなったウィシュマ・サンダマリさんの事件について、同年8月10日に出された最終報告書(以下「最終報告書」)で、「出入国在留管理庁が、今後、二度と本件と同様の事態を発生させることなく、人権を尊重して適正に業務を遂行し、内外から信頼される組織になるため」(同本文94頁)、12項目の改善策が示されました。
出入国在留管理庁は、その取組状況をウェブサイトで公開しています(https://www.moj.go.jp/isa/publications/materials/05_00016.html)。
本稿執筆時に公開されている2022年4月版では、12項目中11項目について「実施済」とされていました。
ですが、これらを一つ一つ検証していくと、およそ「実施済」として、改善が見られたというには程遠い実態が明らかになりました。
12項目の改善策、それぞれの「取組状況」を検証すると
①「出入国在留管理の使命と心得」(仮称)の策定
「出入国在留管理庁職員の使命と心得」*[1]の内容自体は立派なことが書かれていますが、肝心なのはそれを実践することです。
同1頁によれば、「我が国に入国・在留する全ての外国人が適正な法的地位を保持することにより,外国人への差別・偏見を無くし,日本人と外国人が互いに信頼し,人権を尊重する共生社会の実現を目指す。」とされています。
他方で、2021年12月21日に公表された「現行入管法上の問題点」では、在留期間を過ぎて滞在している外国人を「不法残留」と呼び、「不法」という語が繰り返し用いられています。
「外国人への差別・偏見を無く」すためには、「不法残留」という、差別・偏見を煽るような呼び方をまずは出入国在留管理庁が止めるべきではないでしょうか。
この点、国連の公式文書では「不法な」という言葉は、常に移民に罪があるような印象を与えるため、「非正規(irregular)」または「証明書を持たない(undocumented)」という用語を使うように、1975年の総会で決議されました*[2]。また、米国バイデン政権でも、2021年に同様の呼称にするよう指示されました*[3]。2021年5月24日、参議院決算委員会でも山添拓議員から、「日本も呼び方を変えるべきじゃないでしょうか。」との呼びかけがありました。
「心得」を作ったから、それで終わりではありません。実現できてこそ意味があるのです。そして、実現のためには、入国者収容所等視察委員会など、外部の第三者による不断の検証と勧告が必要です。
②名古屋局における組織・運用改革
名古屋局内における組織・運用改革がされたということですが、例えば「救急搬送・バイタル測定マニュアル」は内容が明らかにされておらず、その内容が適切なのかどうか、チェックのしようがありません。それ以外にも、意見交換会を実施とか、定例会を実施とかありますが、会合を開いただけでは何も変わりません。
内部でこれだけやりました、ということをいくら羅列しても無意味です。前の項目と同様、入国者収容所等視察委員会など、外部の第三者による検証が必要です。
③被収容者の体調等をより正確に把握するための通訳等の活用(R3.9.30付指示)
この令和3年9月30日付指示は、A4・1枚半の文書で(下図参照。情報公開請求により開示されたもの)、緊急の場合は翻訳機器を使うこと、外部医師のときは通訳を利用することという当たり前のことが書かれているに過ぎません。通訳人確保の具体的な方法についても、何も言及がありません。
④収容施設の性質等を踏まえた計画的で着実な医療体制の強化
2022年4月に公表された「入管収容施設における医療体制の強化に関する提言」*[4]では、こう述べられています(19頁)。
しかし、現在も大村入管で大腿骨頭壊死傷の手術を受けられないネパール国籍の男性がいます*[5]。提言にある、「それ以上の水準の医療を提供する必要が生じた場合には、適時に外部医療機関における診療」は、現在も実施されていません。
この男性に関連して、立憲民主党の鎌田さゆり議員が2022年3月9日の衆議院法務委員会で、「庁内の医師から大学病院の医師に対しての紹介状があるんですけれども、その紹介状には、お忙しいところ、誠に恐縮です、本センターでは、センターというのは、これは大村ですね、本センターでは、一時的収容所で、原則的には根治治療は行わないことにしていますが、保存的加療が可能かどうかを含め、加療方針につき御意見をお願いできればと存じますという紹介状になっているんです。」と質問しています。また、岩波書店「世界 2019年12月号」197頁の座談会でも「入国管理局との契約により完治に向けた治療はしない。」と医師が記載した書類を目撃した旨の証言もあります。
このような根治治療をしないという入管内医療の基本方針を改めない限り、問題は解決しません。上記「提言」には、「根治治療をしない」という本質的な部分についての指摘がなく、踏み込みが足りません。
また、そもそも、上記「提言」は、長期無期限収容を前提にしています。そのために、無理が生じるのです。収容を送還に必要な必要最小限ものにとどめれば拘禁の影響による病人も減るはずで、常勤医も不要になります。
ちなみに、筆者が2012年に訪問した英国ハモンズワース収容施設では、常勤医はおらず、365日24時間対応体制でした。当時の所長にこの点を質問したところ、「1人の医師を専属に雇うということになると、その医師の都合(オフや医師自身の病気等)で、施設内医療が滞るリスクもあり得るし、その医師にとっても負担が大きい。その点、チーム医療で対処してもらうメリットは大きい(リスクと負担の分散の重要性)。また、医師不足の問題も全く生じていない。」との回答でした*[6]。
⑤救急対応に係るマニュアルの整備と研修の強化
このマニュアルに記載されていることは当然のことばかりです。むしろ、これまでこのようなものが存在しなかったことが驚きです。
ただ、1頁目「基本的な心構え」に、「○普段と様子が異なるなど、体調に異状があると思われる被収容者を把握した場合」、「○被収容者の体調に異状があると思われる場合」とされるなど、いずれも、被収容者の処遇に関わる職員が被収容者に異常があることを認知することが前提とされています。
筆者が担当した、強制送還のために航空機に乗せられ制圧過程でなくなった男性の事件で開示された入管職員の供述録取書では、脈がとれなかったのに「詐病」と思ったとの記述がありました。ウィシュマさんの最終報告書でも、「A氏による体調不良の訴えについて、仮放免許可に向けたアピールとして実際よりも誇張し手主張しているのではないかとの認識を抱いていた者が認められ、とりわけ看守勤務者の中に多く認められた。」とされています(同本文54頁)。
ウィシュマさんのビデオを見た立憲民主党の階猛議員が「常識に沿って救急車を呼び、入院させていれば命は失われなかったと思う」と感想を述べた(https://news.yahoo.co.jp/articles/32a7fcbc7e0affa6ba5db1f6445c9af07c48080a)とおり、常識に従えば救急車を呼ぶことは明らかな状況なのにそうしなかったのは、入管職員らに「詐病」との先入観があり、一般人の常識に従った判断ができなかったからです。
そのためには、「出入国在留管理庁職員の使命と心得」にある「4 人権と尊厳を尊重し礼節を保つ 人権と尊厳を尊重し,人と接するあらゆる場面において,相手の立場,文化や習慣に十分に配慮しつつ,礼節を保ち,丁寧に接する。」ことが必要ですし、「心得」を文字だけに終わらせず、実施することが必要です。
⑥過去の再発防止策の実施状況の点検と再徹底
この項目も「実施済」とされていますが、以下が全文です。
短いので、全文引用します。
「過去の再発防止策の実施状況の点検と再徹底」というこの項目が「実施済」とされているのですが、単にこの文書で「再発防止策の徹底に継続して努めていただくようお願いします。」としているだけなのです。こんな重要なことなのに、あまりに中身がなくて、驚きました。
⑦体調不良者の仮放免判断に係る新たな運用指針の策定、⑧体調不良者等の収容継続の要否を本庁がチェックする仕組み
この2021年12月28日付通知添付の指針では生命に危険がある人でも医師の所見がなければ申請や職権による仮放免の対象外になります。こうした所見がなかったウィシュマさんは、当時、この指針があったとしても仮放免されていなかったでしょう。一刻を争う事態なのに、お役所気質が抜けていません。
また、根本的な問題として、瀕死の状態の人を仮放免で外に出しても手遅れになります危険な状態になる前に治療できるよう在留資格を出し、保険や生活保護を受けられるようにすべきです。
この項目のみ、「取組中」とされています。どのようなヒアリングや協議が行われているかの情報は開示されていません。
⑩本庁における情報提供窓口及び監察指導部署の設置
内部監査指導室を設けただけで、再発が防止できるとは到底信じられません。これまでも死亡事件が起きる度に、再発防止のための内部指導はされていたはずです。
繰り返し引用しますが、この改善策は、「出入国在留管理庁が、今後、二度と本件と同様の事態を発生させることなく、人権を尊重して適正に業務を遂行し、内外から信頼される組織になるため」のものです(最終報告書本文94頁)。「出入国在留監査指導室」を設けることだけで、内外から信頼される組織になる訳がないです。
むしろ、現在もある、入国者収容所等視察委員会の権限強化と資源増大をするなどして、外部からの徹底した検証をするべきです*[7]。
⑪内規の周知徹底を含めたDV事案への適切な対応
これも「実施済」とされていますが、指示しただけで、実際に適切な対応がされるのであれば、これまでのような繰り返しの死亡事件は発生しないでしょう。指示通り実施しているかを徹底的に検証する仕組みが必要であり、そのためには、前記のとおり、視察委員会の権限強化と予算・人的資源の拡充が必要です。
⑫支援者への適切な対応
上記通達は、「さわやか行政サービス運動*[8]実施要領」を一部改正したものです。この要領は、平成14年2月8日に制定されたものですが、今回のどの点が改正されたのか、この通達からはわかりません。
また、この要領は、「行政相談窓口」と「提案箱」を設置する、その運営について形式的な手続規定があるだけです。前同様、要領があるだけでは、そのとおり実施されることにはならず、視察委員会による徹底的な検証が必要不可欠です。
調査報告書で示された改革案以外の取組
上記は、最終報告書で示された改善策ではありませんが、いずれも内容が確認できないものばかりで検証のしようがありません。
改めて~火事場泥棒の入管法案再提出を許さない
先に書かせて頂いたとおり(“「ウクライナ避難民」を口実に入管法案を再提出するなら火事場泥棒だ”)、出入国在留管理庁はウクライナ避難民を口実にして、2022年秋の臨時国会での入管法案再提出を目論んでいます。「改善策の取組状況」は、2021年5月に廃案に追い込まれた大きな要因であるウィシュマさんの事件については、反省し、改善すべき点は改善したとすることにより、法案再提出に向けた地ならしであることは明らかです。
ですが、これまで見てきたとおり、「改善策の取組状況」はいずれも「実施済」と評価するにはあまりにお粗末な内容で、これでは、「出入国在留管理庁が、今後、二度と本件と同様の事態を発生させることなく、人権を尊重して適正に業務を遂行し、内外から信頼される組織」(最終報告書94頁)となったとは評価できません。お手盛りの評価ではなく、入国者収容所等視察委員会などの外部の第三者による徹底的な検証と改革が必要です。
以 上
*[1]出入国在留管理庁「『出入国在留管理庁職員の使命と心得』について」(https://www.moj.go.jp/isa/publications/materials/30_00041.html 閲覧日2022年4月28日)
*[2]近藤敦・塩原芳和・鈴木江理子『非正規滞在者と在留特別許可-移住者たちの過去・現在・未来』第1版4頁、明石書店、2010年
*[3]「ForbsJapan」(https://forbesjapan.com/articles/detail/39874 閲覧日2022年4月28日)
*[4]出入国在留管理官署の収容施設における医療体制の強化に関する有識者会議「入管収容施設における医療体制の強化に関する提言」(https://www.moj.go.jp/isa/content/001367182.pdf 閲覧日2022年4月28日)
*[5]弁護士ドットコムニュース「大腿骨壊死のネパール人、放置されて『寝たきり』に…餓死事件後も『大村入管』改善みられず」(https://news.yahoo.co.jp/articles/9e7327d5af82ff0325d37d535c865ac45a2d801d 閲覧日 2022年4月28日)
*[6]「イングランドの入管収容施設及び制度の現状と課題」研究会 「英国視察報告書」36頁(https://www.jlf.or.jp/assets/work/pdf/201312_eikokushisatsu_houkoku.pdf 閲覧日2022年4月28日)
*[7]詳細は、日本弁護士連合会「入国者収容所等視察委員会の改革に関する意見書」参照(https://www.nichibenren.or.jp/document/opinion/year/2020/200820.html 閲覧日 2022年4月28日)
*[8]総務省のWebサイトによれば、「さわやか行政サービス運動とは、昭和63年1月26日の閣議決定に基づき、国民の立場に立った親切な行政で真心のこもった行政を実現するために、国の機関や独立行政法人等において行政サービスを改善することを目標に、全国的、持続的に取り組んでいる運動」とのことである。https://www.soumu.go.jp/kanku/kyusyu/sonota_03.html 閲覧日:2022年4月28日