センセイとパパ活 1.高校編
第1章 高一の冬
1 女子と私
「コレ虐待じゃね?」
そうぼやいたのは、近くに居て毎日顔も見るけど、別に親しくない人だった。
私は彼女の数歩先をゆっくりと走っている。彼女の声は背中越しだったり向かい風だったりで、あえぐ呼吸の中で小さく音を放っていた。
「ササオカのヤツ、マジありえないんだけど」
彼女の隣で並ぶように走っている女子が答える。濃いぐらいに焼いた肌が暑苦しい。黄色がかったパサパサの金髪が鬱陶しい。下品なメイクに吐き気を覚える。
対するもう一人は肌の色こそ白いけど、汚れた金髪が年増に見える。どっちかというと、この白い方が厄介だ。二人のカンケイ内でも先導するタイプだった。名前は――なんだったっけ。苗字は思い出せない。たぶん、リカとマキコだったと思う。どっちがどっちかはわからないけど。
いま私のクラスは体育の授業中で、もうすぐ行われるマラソン大会に向けての練習中だった。彼女たちとは同じクラスだけど、もうすぐ高校一年も終わろうとしているこの時期まで、ほとんど会話したことがない。不思議なもので、同じクラスでも別の国というか島というか、接点がまるでない近所の人といった感じの遠い存在に思えた。だからこれからも、彼女たちと接点を持つことはないだろう。そう思っていた。
ふたりは、マラソンの練習に対して文句を言っていた。頭を使った形跡のない、思いついたままの不平不満は耳にするだけでウザい。
思いついたまま口にしているので話に整合性がない。いちいち筋が通ってないのだ。さらにはそのまま話を重ねていくので会話にすらならない。一方的に言い分を押しつけてくるだけ。もっとも、彼女たちとはまともに話したこともないんだけど。そういえば、体育祭のときも同じようなコトを考えていた気がする。
思春期真っ直中で、親とは断絶状態の子も多いだろう。高一というのは多感な時期なのだ。それなのに、体育祭で親子競技をやることになった。
当然、クラスの大半は猛虎反対。みんな口々に「マジありえねー」とか、「だっせー」とか、「親となんかやってられるか」とか言っていた。
そのときも彼女たちのようなタイプが、反対デモを先導していた。しかしこれは学校で決まっていることらしく、生徒の希望は受け付けないようだった。デモ活動はただのヤジとなり、強制的にプリントを配られる。タイトルは「親子競技用事前出欠調査」だ。中国語かってぐらい漢字が並んでいたのが今でも忘れられない。
まぁ、私は未提出だけど。
しかし、同じ女子高生という立場で言えば、気持ちはわからないでもない。
私たち一般の女子高生にしてみれば、長時間走り続けるというのは非日常だ。学校で両親と一緒に何かをするっていうのも非日常だと思う。一部の裕福な家庭はそうでもないんだろうけど。私たちのような底辺層の子供からしたら、殺人や強姦と同じぐらい別世界の出来事だと感じる。急に非日常の世界へ連れて行かれて、不満をぶちまけたい気持ちは理解できた。
何故なら、息を切らせて、身体にムチを打って、苦しい想いをしてまで走るメリットがまったくないからだ。私たちは別にマラソンの選手になるワケじゃあない。
中にはアスリートを目指している子もいるかもしれないし、そうでなくてもスポーツ関係の道へすすむ人もいるかもしれない。そんな人たちならトレーニングにもなるし反論なく従えるだろう。それに、そんな人たちが輝ける授業でもあるだろう。
しかし、それはクラスの中でもほんの一握り。十パーセントいれば良い方だ。残りの九十パーセントはそれに付き合わされているに過ぎない。
もしかしたら将来スポーツ選手になるかもしれない?
それはない。リカやらマキコは知らないが、私に限ってそれはありえない。この細枝のような手足。ついているべき筋力すらない貧相な身体。基盤がもう違うのだ。その上、英才教育を施せるような、家庭環境でも経済環境でもない。よく言えば放任主義。悪く言えば放置。その間を行ったり来たりしているような状態だった。
私はリカやらマキコのような甘チャンたちとは違う。彼女たちよりも厳しい環境で生きている。そんな自負があるので、そうやって陰口を叩くだけのヒトを見下していた。
良い子ぶるとか偽善じゃなくって――なんか、情けない感じがした。
「森! 遅れてるぞッ」
体育教師である笹岡センセイの声はグラウンド中に響く。サイドに白いラインが入った赤いジャージの上下。浅黒い肌と短髪の髪。筋肉質の中年男性。私は大人の男性が嫌いではないので、すこし見惚れてしまう。サキたちに理解されるとは思えないので言ってないけど。
センセイは生徒指導も担っているので、一部の校則違反者からは目のカタキにされているし、いわゆる若いアイドル的教師とはまったく別の類だ。大人気のモテモテ教師ではないのだ。
ただ私は、あの力強い両手に抱きしめられたら安心できそう。すべてから守られて、ゆっくり眠れそう。気ばかり焦って、気持ちだけが走り続けているマラソンの毎日から解放されそう。そう感じていた。
とはいえ、最初からそう思ってたワケじゃない。初めて見たときは、別になんとも思わなかったし。
なんだろう。隣に住むオジサン? 仲良くはないんだけど、挨拶ぐらいはキチンとする。たまに「学校はどうなの?」とかいう漠然とした質問にも答えたりする。好きでも嫌いでもない。でも嫌いじゃないし、話もするってことは、どっちかというと好意的だったのかな。本当に好きでも嫌いでもない『無』だとすると、街ですれ違うだけの、知らない人たちに当てはめるカテゴリが見つからない。その人たちに『無』を当てはめるとすると、やっぱり最初からちょっと好きだったのかもしれない。
そんな感情をセンセイに抱いていた。
センセイは身体が私の何倍もおっきくて、動物園の檻の中にいてもおかしくないぐらい別の種に思えた。もしかすると私は、センセイの骨よりも細いかもしれない。到底、同じ人間とは思えない。お父さんでもこんなにおっきくなかったし。
貧相で枯れ木のような頼りない体つきだった私は、春先からよくセンセイに気を掛けられていた。「大丈夫か?」「具合は悪くないか?」「すこし休むか?」「体調がよくないなら保健室に連れて行ってやるぞ」とか。
わたしゃ介護老人か。
だけど、こんなにもおっきな、ガッシリとしたセンセイから見たら、私はそこにいるだけで脆弱で不安定に映ったのかもしれない。見ていて危なっかしいのかもしれない。車が通っている道ばたで、子ネコがフラフラ歩いているのを見ると私もハラハラする。それと同じような気持ちなのかもしれない。
そう思って、すこし気になり始めてから、センセイを観察する日々がつづいた。
その結果わかったこと。
どうも私だけじゃないらしい。
他の何人かの生徒にも、センセイはそうやって話しかけていることがわかった。女子だけじゃなくって男子もそう。しかもその対象は、私から見てもひ弱な方に部類する、運動神経の欠片もないようなタイプばかりだ。私は体力も筋力もないけど、運動神経はある方だ、と自負している。だから彼らと同じカテゴリに放り込まれるのはちょっとイヤだった。
女子だけに優しかったりすると、このセクハラ教師! とか思っていただろう。しかし男子にも分け隔てなく接しているその姿は、ちゃんと聖職者のように映った。世間では教師への信用が薄れてきているので、余計ステキに思えた。そのいやらしくない優しさが、私の心を浸食し始めていった。
大柄なセンセイの声は、グラウンドの端から端までよく届く。ちょうどトラックの真反対の位置にいたけど、私にもしっかりきこえた。だからイイトコロを見せたくて気が引き締まる。
ちなみに『森』は私ではない。
森加奈は、同じ中学からきたクラスメイトだった。彼女との思い出は中一の半年間。彼女はそれ以降、学校へは来なかったので、思い出はその半年間だけだった。
ただ、親しくないかと聞かれれば、答えに詰まる。少なくともリカやらマキコなんかと比べると段違いで親しい。でも胸を張って「仲良し」とは言い切れない。私なんかが……そう言ってはいけない気がしていた。
高校に入ってからは学校へ来るようになった。しかししばらく会わなかった彼女は、この世の負をすべて飲み込んだようになっていた。ほとんど喋らないし笑わない。勇気を持って話しかけた女子たちが、何人も撃沈したのを見てきた。
高校に入学して、他の、普通の子たちは普通に話をする。そして普通に仲良くなって、普通に人脈の輪を形成していく。モリカナはその普通を怠っていた。自分から行動しなかった彼女が、輪から漏れて孤立するのは容易に想像できた。
とはいえ、その努力を怠っていたのは何も彼女だけではない。実のところは私もそういう傾向があった。モリカナと大きく違ったのは、私は来る者を拒まないようにしていたこと。これは私の波風が立たないようにする性格によるもので、それが良い方向に転がっただけ。これに加えてサキにあちこち引っ張り回された結果、私は孤立することを免れた。
だから私とモリカナに、そう違いはない。だけど、クラスでの立ち位置は明確な差になっていた。
私は中三のとき、担任の教師に「森加奈を気に掛けてやってくれ」と頼まれていた。事件に遭った彼女を気遣ってのことだろう。
そんな事情があって、高校に入ってから気まずいながらもアクションをかけてきた。だけど彼女が、以前のような笑顔を見せてくれることはなかった。そうこうしている間に年が明けてしまったわけだ。出来れば何とかしてあげたかったけど、モリカナは頑なに心を閉ざしている。私も自分のことで精一杯だ。二年になるとクラス替えもするようなので、同じクラスにはならないかもしれない。
仲良くなる機会がますますなくなるなあ、なんて言い訳を考えていると、
「日村! ダラダラすんなー」
考えに夢中になって力が抜けていた私に、センセイの照準が合った。
背筋を伸ばして、ボブカットの髪を先生から見える左側だけ掻き上げる。笑顔を浮かべてセンセイに手を振ってみる。センセイは顎をしゃくって前を向くように促した。
一見、怖そうなセンセイだけど、そんなことはなかったりする。いや、怒らせたら怖いんだけど。私以外の生徒からも比較的人気がある方だった。
しかし、センセイは一部の――さっきのリカやマキコのような「自意識過剰女子」から毛嫌いされている。
その発端は単純で、センセイがバツイチの子持ちだったことに起因する。別に「バツイチでショックー」とかそういう類ではない。単に、離婚歴があるイコール男性として欠陥があるという、うがった物の見方なのだ。
じゃあ、アンタたちはどんだけ立派な人生を歩んでるの? って思うので、彼女たちとは仲良くなれなかった。
離婚なんて男女間の問題。他の――それも関係のない、十代のガキが口を挟んでいいものではない。文句を言って良いのは、一人娘のアヤちゃんぐらいだろう。
このアヤちゃんが、またよくデキた娘さんだった。
近くの小学校に通っているようだが、お弁当を忘れたセンセイのために届けにきたことがあった。学校が終わってすぐに、一生懸命届けにきているところを想像するだけで微笑ましくなる。
彼女の育ち方を見ていれば、センセイに大した問題はないように思えた。そしてそれを根拠に、こう思うようになった。離婚の原因は、やっぱり母親の方にあるんだ、と。その考え方がまた、自意識過剰女子たちとの対立を深くする。
とはいっても、トラブルが嫌いな私だ。昔から事なかれ主義を貫いていて、何事も穏便に済まそうとする傾向があった。表だって怒りを露わにしたり、牙を剥いたりすることはあまりない。表面上は大人しく、波風が立たないよう、目立たないよう、素直に従っているフリをするという生き方に長けていた。
モリカナが事件に遭ったときも、そんな感じだった。
あれほどの出来事をスルーできるなんて、人間として欠陥があるに違いない。それはもう人間とは言えない。単なる景色だ。周囲の人を彩るための、作為的に用意された景色。決して美しくなく、観光名所になったりすることもない。ただ演者を飾るための機能しか求められていない。目立つことは許されず、自己主張は認められず、そこにあるだけを強制される。
それが私だった。
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2 母と私
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