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【うちには魔女がいる】#6 こしあん

うちには魔女がいる。

魔女はハローキティとほぼ同い年。
7月生まれの蟹座。A型。右利き。猫派か犬派かでいったら、断然犬派。
私のお母さんの、5つ歳が離れた妹。

これは魔女がつくる、やさしい料理の備忘録である。


魔女があんこをつくるのは、決まって夏と秋だ。なぜならば夏は水ようかんを、秋は栗蒸しようかんをつくるから。
我が家における“季節ならではの食べもの”というものは多々あるが、このふたつも「一回は食べないとその季節を仕舞える気がしない」類のものたちである。


ちなみに、ここで言うあんことは、『こしあん』のことを指す。
比較的簡単にできるつぶあんはひょいひょい気軽につくってくれる魔女だが、こしあんとなるとそうもいかない。

まずは小豆を煮て、火を止めて蒸らし、煮汁を捨ててふたたび煮込む。
煮汁はうわずみだけを捨て、底に沈殿しているやわらかくなった小豆に細く絞った水道水をかけ流しながら、ゴムベラで丁寧に粒を潰していく。
潰した小豆を濾し器で濾して、水にさらしてしばらく放置。
うわずみの水だけを捨て沈殿したあんを濾す、また水にさらす、うわずみを捨てる、という作業を何度か繰り返し、最後はザルに被せた布巾の上に濾したあんを全て流し込む。
布巾を絞って水気を切り、中に残った生あんに砂糖と水を加えてさらに煮詰め……

とまあ、ざっくり説明しただけでも大変な手間と時間がかかることが、よく分かってもらえるのではないだろうか。
なにかと手間と時間がかかる食べものをつくりがちな魔女だが、この『こしあん』も、間違いなく世話のやける食べものの筆頭だろう。

魔女は夏と秋になると、この面倒な工程にもめげず、こしあんをつくってくれる。


水ようかんは見た目からして美しく清涼だ。
冷蔵庫にお行儀よく並んだ姿を見るたび、思わずうっとりとため息をついてしまう。
つるりとした輪郭は硝子細工を思わせる繊細さで、おそるおそるスプーンを近づけると、淡い墨色のなかに音もなく匙が吸い込まれていく。
口に運んで、まずはなめらかな舌触りと喉ごしのよさを堪能し、また一口。
ひんやりとしたささやかな甘さが、真夏の暑さに火照った体にゆっくり溶けていく。


秋になると、まず地元で有名な栗農園に栗を買いにいく。
栗蒸しようかんのレシピでは栗の甘露煮を使うことが多いが、甘さはささやかなほうが好まれる我が家では、もっぱら生栗を使用する。
魔女の栗蒸しようかんはむっちりと弾力のあるタイプで、どことなくおまんじゅうを食べているときのような満足感があるのがよい。
中にゴロゴロ入っている栗は余計な加工がされておらず、ぽくぽくとした栗本来の味わいが楽しめるのが最高なのだ。



長年の魔女との暮らしのなかで「手間のかかるものはおいしいもの」だと刷り込まれている私は、そういう食べものを見るだけで、自動的によだれが出る体質になってしまった。
魔女が手間と時間を惜しまずにつくったものたちは、どれもこれもが絶品だ。

せっせとこしあんをこさえている魔女の背中を期待のまなざしで見つめていたら、小さく苦笑する声が聞こえた。あまりにも熱視線を送りすぎたようだ。
根負けした魔女に「味見してみる?」とスプーンでひと掬いだけ食べさせてもらったまだあたたかい生まれたてのこしあんが、やわらかく季節の訪れを囁いた。

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