見出し画像

幽婚


平成十年度文化庁芸術祭参加作品。
市川森一作
主演 役所広司、寺島しのぶ

幽婚というある村に伝わる習わしに巻き込まれる一人の中年男性のドラマ。ホラーではなく、人の生死を超えた慈しみを経て、生涯の伴侶となる女性と出会う物語。時にはコミカルに、時には幻想的に描かれている。

たまたま放映されていたのをみて惹き込まれ、十数年後、再放送があることをキャッチした時は、是が非でも見逃してはならないと思った恋い焦がれたドラマでした。

主人公は、霊柩運営会社で働く中年の男性孝行。家族や親族から祝福されない結婚式を控え、ひと月前の出来事を思い出している。それは、一度目の結婚式となる幽婚。

幽婚とは婚約中に亡くなってしまった女性が現世に思い残すことがないようにと、葬儀の前日に花嫁衣裳を纏い婚約者と祝言をあげるというもの。

都会育ちの方の中には田舎にのどかさを感じ憧れる人もいると思うが、田舎独特の濃密な人間関係やしきたりに馴染めないと、そこは安住の地とはいかない。そういった田舎の一面を幽婚をとおして描いている。

ある若い男の依頼で、亡くなった婚約者の遺体を実家のある四国の山奥にある村に運ぶことになった。しかし、途中で依頼主の男が失踪し、孝行ひとりで遺体を運ぶことになる。

村になんとか辿り着くが、幽婚の花婿役として白羽の矢が立ち、半ば強引に引受けさせられることになる。しきたりでは、単に祝言の真似事をするだけでなく、一晩閨を共にしなけばれならないという。それを知って怯え逃げ出すも、どうしても村の外に逃れることが出来ず連れ戻される。

観念して遺体の側でお酒を浴びるように呑んで寝込んでしまうが、ふと目を覚ますと不思議な体験をする。横に遺体はなく彼女は外で童謡の「叱られて」を口ずさんでいた。引き寄せらるように外へ出て、彼女と語り合ううちに、次第に愛おしさが芽生え募っていく。

やがて二人は夜道を寄り添いながら村ハズレの滝壺まで歩いていく。滝壺で彼女は深みに消えていった。孝行は、たまらず彼女の名を叫び続けると彼女は再び現れた。

彼女をしっかり抱きしめると、彼女は一言「私を忘れないで」と言い残し、儚げに消えていった。部屋に戻ると女性の遺体は何もなかったかのように横たわっていた。孝行は添い寝し声をかける。「短い夫婦だったね」と。

会社に戻ってほどなくして見合い話が舞い込んで来た。ただ、相手の女性の昔の素行が悪かったことや元風俗嬢ということで、家族や親族に猛反対される。そんなことはお構いなしに、結婚を決めた。
彼は見合いの席で女性にたずねた。「叱られて」という童謡を知っているかと。

そしてラストシーンは三三九度の場面。盃を受ける角隠しの中の彼女の顔は、あの時の女性とそっくりだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?