『演技と身体』Vol.5 呼吸と内観
呼吸と内観
吐息芝居が目に付く
セリフを言う前に吐息をして、それからセリフを言う役者をよく見かける。気にならない人も多いかもしれないけど、僕は気になる。すごく気になる。芝居っぽさを感じてしまうのだ。
思うにあれは、息を吸いすぎているせいなのではないかと思う。重心が胸のあたりに残っていると息が浅くなり、それを補おうと無意識に息を吸いすぎてしまう。吐息をしなくとも息を吸いすぎている役者は多く、そうすると発声の最初の音が力のないものになってしまう。
もちろん演技をしている最中に呼吸を気にしている場合ではないが、普段から呼吸に気を遣っておくことは大切だ。
生きている限り呼吸はしなければいけないものなので、役者でなくても呼吸は深くできるようにするのが良く、呼吸を深くするには瞑想が良い。詳しい方法については専門外なので他を参照していただければと思う(例えばこれとかこれとか)が、瞑想を通じた内観が役者にどう役立つか、考えを書いていこうと思う。
内臓と自律神経が大事!!
呼吸は内臓や自律神経にアプローチする唯一の方法であると言って良い。内臓は不随意筋と言って意識的に操作することのできない筋肉であるが、実は感情と非常に深い結びつきがある。内臓と感情の関係については稿を改めて説明しようと思うが、とにかく演技が感情を扱う芸術である以上、内臓感覚は役者にとってめちゃくちゃ大切なのだ。
また、自律神経は内臓と脳を繋いで内臓の働きを調整しているのだが、必要に応じて身体を硬直させたり逃走/闘争させたり、逆にリラックスさせるのにも一役買っている。演技というのは、一人でやるものではない。他の役者やカメラ/観客と協働して行うものである。自律神経がイカれた状態で身体が硬直するのがよくないのは言うまでもないが、やたらと逃走/闘争のモードに入ってしまうのも良くないと僕は思う。良い演技というのは、常に他の要素(共演者、カメラワークなど)との調和によって得られるものであり、逃走/闘争のモードに入ってしまっている人は独りよがりで自己満足で自己欺瞞な芝居に陥りやすいからだ。
内観をすべし
瞑想時、深く呼吸しようとするのではなく、ただ自分の呼吸を観察するだけで自然と呼吸は深くなってゆく。不思議だ。この時、自分の内側を観察することを内観という。観察といってももちろん、目で追うというのではなく出ていく息と入ってくる息を意識で追いかけるということだが、この意識による内観は呼吸以外にも転用できる。例えばストレッチをする時、どこに詰まりがあるのかを内観によって見つけ、その部分をさらに内観し続けるとそれだけでいくらか詰まりが解消したりもする。
他にも、日常的な動作をする時に身体の各所を内観してみると動きの改善に繋がるかもしれない。例えば、蛇口をひねる時。まずいつも通りひねる。それから、腕の辺りを内観しながらひねってみる。すると、もしかしたら腕に余計な力が入っているのに気づくかもしれない。次に指先を内観してひねってみる。さっきよりもスムーズな感じがする。うまくいくと、指先からの力が腕の内側を通って内臓に伝わるのが感じられるかもしれない。最初に腕に突っ張りを感じていた人は、おそらく指が動いておらず、腕の力だけでひねっていた人だ。指を内観すると指が動くようになり、小さな力でひねることができるようになる。前回も話したが、動きが役を作るのだ。
内観を拡張する
さらに、紙にペンか鉛筆で何か書いてみよう。指先を内観していると段々余計な力が抜けていき、書くのが楽になっていく。さて、ここで内観の意識を持っているペン/鉛筆に向けてみよう。すると、どうだろう。書いている紙、あるいは机の質感が感じられないだろうか。さらに力の入れ具合を微調整することで感じられるのが紙の質感から机に変わったりもする。
内観は身体の内部だけでなく、扱う物や周囲の空間にも転用できる。(これは次回説明するボディスキーマが、ペリパーソナルスペースと呼ばれる自分の周囲の空間に対しても機能することによる。)
内観において大切なのは、とにかくただ身体を観察するだけで操作しようしないことだ。うまくいかない人は自分でコントロールしようという意識が働いてしまっていると思う。むしろ、ただ観察することによって身体は意識的に操作できないような微妙な調整を自律的に行ってくれるのだ。
さらに。今度は自分の外に注意を向けながら(感覚を開きながら)、同時に内臓を内観する。音楽に耳を傾けたり光の明滅に目を凝らしながら、内臓の感覚を観察するのだ。何か感じるだろうか? それが感受性というやつだ。
メンタルケアとしての瞑想
役者という仕事は、自分の感情を差し出す仕事なので、精神的なリスクが大きいということはもっと多くの人に認識されるべき問題だ。役者をやっている人の中にも元々感受性が人よりも高かったり敏感だったりする人も多く、役者の自死のニュースはもう本当にこれ以上聞きたくない。
瞑想は、メンタルヘルスのためにできる最善のセルフケアの一つでもあるので、是非多くの役者に試してもらいたい。瞑想は必ずしも元気になるものではないが、少なくともゼロ(ニュートラル)の状態に自分を戻すことができる。暗い気分が拭えるわけではない(問題の本質が解決するわけではない)が、暗い気分のままでも平気になることもある。とにかく、自分でニュートラルな状態に戻れるということを自分で知ってさえいれば、沈んでもまた戻れることがわかっているので、やり過ごすことができるのだ。
とにかく瞑想はやっておいて悪いことがない。1日15分でも座って目を瞑る習慣を身につけられると良いかと思う。レッツ マインドフルネス!